日本の人材育成の変遷✕労働移動がもたらす未来――株式会社KIZASHI顧問 柴田 寛文氏インタビュー(前編)

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最終更新日:2024.04.24

2023年に政府が発表した労働市場改革は、リスキリングによる個人の能力向上、成長分野への労働移動などが方針として掲げられ話題となった。この方針を通じて、日本が長年抱えてきた人材育成の課題を解決しようという、国の姿勢が示されたと言える。

リスキリング促進や成長分野への労働移動によって、日本の労働市場はどのように変化するのか。その変化に対して、企業や個人はどう対応すべきなのか。経済産業省教育産業室にて、教育産業や人材育成の政策に関わった経歴を持つ柴田さんに、国内の人材育成政策の変遷や、労働市場に訪れる未来像を伺った。

政府が人材育成に注目したきっかけ

2023年6月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)」 を発表。その中で特に注目された「新しい資本主義の加速」では、以下の3点における「三位一体の労働市場改革」について触れられている。

  • リスキリングによる能力向上支援
  • 個々の企業の実態に応じた職務給の導入
  • 成長分野への労働の円滑化

政府が人材育成に注力するにあたり、大きなターニングポイントとはいつだったのか。柴田さんは、2016年に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」がそれに当たると指摘する。

ICT(情報通信技術)の進展により、企業には事業ポートフォリオの刷新が求められた。その流れの中で、人材のポートフォリオの刷新、すなわち人材育成にも注目が集まり始めたという。

「これまで人材教育といえば、学校教育や企業におけるOJTが主体でした。しかし、我が国からイノベーティブな製品・サービスがなかなか生まれてこないという現状から、人材育成を企業や学校に頼るだけでは限界があったんです。そして2017年頃から、国が主体となって人材育成のアクセルを踏み込むべきという議論が活発化していったのです。」

2017年、経済産業省に設置された教育産業室で柴田さんは「未来の教室」実証実験を実施する。

「『未来の教室』では、アプリケーションを介して生徒が自分のペースで勉強し、得られた知識を活用して地域の産業支援や価値の創出ができる世界を目指しています。中高生から訓練を重ねれば、社会課題に取り組む能力を早い段階で身につけられます。一方、若い世代を待つだけでは遅いのではないか、社会人の能力開発にも取り組むべきではないかという問題意識がありました。」

この問題を解決する一つの方法として、政府が示したのがリスキリングだった。2020年、企業が将来的に成長し続けるための指針を示した報告書「伊藤レポート」が経済産業省より作成された。この報告書にて、従業員の「リスキル・学び直し」の重要性が言及された。

DX人材とリスキリングの議論が合流し今の形に

この議論と同時並行で進行していたのが、「DX人材育成」の議論だ。2018年、日本企業のDX実現を促す資料「DXレポート」が経済産業省より発表された。資料では「DX推進に失敗すれば2025年以降に多大な経済損失が発生する」という予測(通称「2025年の崖」)が示され、当時話題となった。

「『DXレポート』が発表された頃、企業にとってICTツールなどの導入は“ベンダーに勧められた製品を導入する”だけに留まっていました。しかし、自社のビジネスに最適なツールを導入するには、システム部門だけでなく現場の従業員もICTツールを用いた業務効率化への理解度を高める必要があります。こうした観点から、DX人材の育成の重要度が高まっていきました。」

DX人材育成の議論が進められるのに並行して、政府はリスキリングを新しい資本主義実現を支える要素として、労働市場改革の指針の一つに組み入れた。政府は2023年、「成長と分配の好循環」「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現するための「新しい資本主義実現会議」を開催。第18回会議にて三位一体の労働市場改革の指針にて、職務給の導入や成長分野への労働移動と共に、リスキリングが掲げられたのである。

リスキリングとDX人材育成は、もともと別々に議論が進められていました。リスキリングというより広い概念に対して、DX人材育成の議論が合流する形で、政府の人材育成政策が形成されたのだと私は考えています。

成長分野への労働移動は日本企業に何をもたらすか

今日に至るまでの人材育成の議論により、多くの企業がリスキリングによる従業員の能力開発に関心を示すようになった。その先には能力に応じた職務給の導入、すなわち従業員の賃上げにも取り組むことになるが、企業が向き合うべきもう一つのテーマがある。それこそが、三位一体の労働市場改革の指針として掲げられた「成長分野への労働移動の円滑化」である。

「三位一体の労働市場改革の指針は、“国民の賃上げを実現しよう” “この国の成長に欠かせない産業の担い手を増やそう” というメッセージだと考えています。これに対して、反対意見を持つ人は多くはないでしょう。

そして、成長分野への労働移動の円滑化では今後、将来性や収入などさまざまな観点で“魅力的”だと判断された産業に、優れた人材が集まることになると思います。」

言い換えれば、この方針は今後労働者に対して魅力を示せない産業には、衰退・廃業する未来が待っていることを暗に示していると言えるだろう。三位一体の労働市場改革の方針からは、国内の経済を担う企業の新陳代謝を活発化させたいという、政府の考えが見えてくる。

「とはいえ、これはあくまで閣議決定によって示された政府の基本方針であり、この考えがそのまま全国へ浸透していくわけではありません。都心部や地方など、全国各地の経済圏においてさまざまな微調整が行われ、徐々に労働移動が進行・実現していくのではないかと私は考えています。」

後編では、日本における労働市場の変化に対して、企業はどう対応すべきかを聞いた。(後編へ続く)