リスキリングを促進するために組織・個人に必要なもの――株式会社KIZASHI顧問 柴田 寛文氏インタビュー(後編)

インタビュー

  • スクール

最終更新日:2024.04.26

2023年6月に発表された「経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)」 にて、政府は労働市場改革の3つの指針を示した。

・リスキリングによる能力向上支援
・個々の企業の実態に応じた職務給の導入
・成長分野への労働移動の円滑化

記事の前編では、経済産業省教育産業室にて教育産業振興や人材育成に関わった柴田寛文さんに、国としての人材育成へのかかわり方がどのように変化してきたかについて語っていただいた。後編では、リスキリングを基礎とする、労働市場や産業構造を実現するために必要な要因について伺った。

「余力」を生み出す全体最適の重要性

政府が補助金などを通じて、リスキリングへの支援を加速させる現状に対して、企業は何に取り組むべきなのか。柴田さんは、リスキリングには組織の“余力”が重要だと話す。

「リスキリングは、業務効率化や組織体制の見直し、評価制度とセットで議論しなくてはなりません。テクノロジーの進展とともに、勤怠管理などの事務作業を人からITに置き換えることができるようになりました。省力化を図り、会社全体に余力を生み出すことで、はじめてリスキリングという新しい物事に取り組めるのです。」

一方で柴田さんのインタビューの中で見えてきたのは、部分最適化が進んだ企業の考え方の転換の必要性だ。特に重要なのは「システム部門」と「人事部門」のコミュニケーションだと柴田さんは強調する。

「「従業員がより環境で働く」という共通のミッションを持つはずの両部門が分断されている。これが日本のリスキリングにおける大きな課題だと思います。ツールを導入して業務効率化を実現できれば(システム部門のミッション)、次に考えるべきは“働き方の見直し”(人事部門のミッション)です。人事部が社内の働き方に寄与するデジタルの施策も理解することで、人材教育、リスキリングもより全社的な取り組みとなるでしょう。」

人事部門とシステム部門は、社内の働き方の管理において共通する役割を担っている。本来、人事部門は人材要件に従って採用活動をしたり、研修などによる教育を展開するなどして、社内の組織をより強固にしていく役割がある。同様にシステム部門は、社内のIT環境の整備などを通じて、より効率的に働ける組織を構築する。実は両者ともに、従業員の働き方をマネジメントするという点では共通項がある。

だからこそ、リスキリングを人事部門だけのテーマとするのではなく、経営陣との対話の元、全体最適のテーマとすることが重要である。

学習意欲の喚起に必要なのは“危機感”と“インパクト”

リスキリングを通じたキャリア形成や事業成長に、多くの企業が取り組み始めている一方で、日本ならではの停滞要因もあると柴田さんは言う。

「日本人の多くは詰め込み型の教育を施され、社会に出てからは完成されたオペレーションに沿って仕事に従事する人も多いです。そのため、新たな学びを通じて、自分のキャリアを創造的に描くという機会が少ない。また、社会インフラが整い、強烈な差別や困窮に悩まされることも少なく、大きな不自由を感じずに生活できます。この恵まれた環境こそが、リスキリングの意欲を鈍らせている側面は否定できません。」

では、この状況を打破するにはどうすればいいのか。鍵を握るのは、一種の“危機感”だと柴田さんは語る。

「私が勤めているRidilover(リディラバ)では、社会課題の解決に挑む越境プログラムを企業研修の形で提供しています。越境型研修のメリットは、普段の仕事では関わらない領域の人々と交流できる点にあります。外部からの強烈な刺激は、日々の仕事の当たり前を疑うきっかけとなるでしょう。その違和感が、自身のキャリアに対する危機感へと発展すれば、リスキリングの原動力になるはずです。」

柴田さんは、リスキリングを推進していく上で、働き方そのものを作り変えるほどの気概が必要だと指摘する。既存の枠組みの中で働き方を変えようとしても、それは対処療法であり、根本治療にはつながらない。そして今、生成AIが既存の働き方を一変させるインパクトを持っていると、柴田さんは期待している。

「生成AIの活用が進めば、『8時間労働で費やしていた業務が30分で完了できる』という未来が来る可能性もゼロではありません。生成AIを通じて、リスキリングのあり方や組織のあり方をスクラップ&ビルドする。一見乱暴な考え方にも思えますが、それだけのインパクトがこれからの時代には必要なのかもしれないと感じています。」

理想は「学びなさい」が不要な世の中

柴田さんに、人々や産業がリスキリングによってどう変化してほしいのかを聞いた。

「リスキリングとは無縁に思われる業界から、ポジティブな事例が生まれてきたら嬉しいです。介護施設で働く人々が介護施設や介護業界全体を変革させるサービスを生み出したり、看護師が新たなスキルを学んで職務給を得て収入がアップしたり。こうしたロールモデルが、工場やコンビニ、地域などあらゆるところからから生まれてほしいです。」

その上で、柴田さんはいずれ「リスキリング」という言葉自体も不要な社会が来ることを望んでいるという。

「政府は現在、人材育成の観点から“リスキリング”という言葉を用いて学び直しの重要性を浸透させようと奔走しています。この言葉を大企業から中小企業まで、どのように行き渡らせるかは、人材育成の大きな課題の一つであり、政府や自治体はさまざまな研修・講座を提供しています。

しかし今後、現時点における“将来のあなたに役立つスキル”が不要な未来が訪れる可能性があるほど、変化の激しい時代が来るかも知れません。そうした時代が訪れたとき、『〇〇を学びなさい』と言われずとも、個人や企業が各々に必要なことを学べるようになっていることが、学びの正しいあり方なのだと思います。」