ヒトとAIの協働組織へ。先進企業がリテラシーに注目したワケ

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最終更新日:2026.05.21

生成AIの普及により、多くの企業でAI導入が進んでいます。一方で、「ツールは導入したが現場で使われない」「一部の社員しか活用していない」といった課題も顕在化しつつあります。

こうした中、2026年4月15日〜17日に東京ビッグサイトで開催された日本最大級のテクノロジー展「NexTech Week 2026【春】」では、「ヒトとAIの協働組織へ 先進企業がリテラシーに注目したワケ」をテーマにしたトークセッションが開催されました。同セッションには、全社的なAI活用を社内で推進する株式会社ペイロール CPOの原氏、生成AIの社会実装を推進する一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)業務執行理事 兼 事務局長の小村氏が登壇し、AIリスキリング支援を手がける株式会社KIZASHIの吉田氏がモデレーターを務めました。

AI導入の失敗要因とその乗り越え方、そしてこれからの組織のあり方について議論が繰り広げられた様子をお届けします。

※本記事ではトークセッションの内容を抜粋・編集しています。

「使う人は使うが、使わない人は使わない」ーAI導入でよくある失敗の乗り越え方

吉田: まずは先進企業における具体的な実践例から伺いたいと思います。ペイロールさんにおけるAI活用の「現在地」について教えていただけますか?

原: 弊社では現在、AIを業務プロセスの中核に組み込む取り組みを進めています。代表的な事例を2つご紹介します。

1つ目は、「給与計算結果の特異点検出AI」です。数万人規模の給与計算では、入力データが膨大で、人の目では気づきにくい「不自然な箇所(特異点)」がどうしても発生します。例えば「特定の条件を満たす社員の中で、一人だけ昇給額の計算ロジックが異なる」といったケースです。これらをAIに学習させ自動検出することで、専門知識の深さに関わらず誰もが高い精度で異常を発見できるようになり、業務の標準化と生産性向上を実現しています。

2つ目は、「計算条件設定の自動化」です。お客様ごとに異なる複雑な給与規定を、AIが対話形式でヒアリングし、そこから給与計算ロジックを自動生成します。現在はさらに、その条件に基づいたテストまで自動検証する段階にあります。

吉田: まさに「現場の課題」をAIで直接解決されているわけですね。このような先進事例の一方、AI導入の壁に直面している企業も少なくないように思います。「AI導入でよくある失敗」について、小村さんはどのような傾向があると分析されていますか?

小村: まずは、AI導入の議論が混乱しやすい理由として、「AI活用を一括りにしてしまうこと」による認識の不一致が挙げられます。私はAI導入のプロセスを「社内業務における個人活用」「社内業務における組織活用」「既存事業におけるユーザー体験向上」「AIを軸とした新規事業創出」の4ステップに整理していますが、議論の対象がどのステップを指しているのか、人によってズレが生じてしまっている様子が窺えます。

また、多くの企業はステップ1で苦戦している傾向があり、これがいわゆる「利用率の壁」です。これは、「ツールを導入すれば現場が勝手に使いこなすだろう」という過信によるものです。ツール導入だけでなく、人材育成をセットで取り組むことが重要です。

吉田: 「ツール導入」と「人材育成」の両軸の取り組みが必要だということですね。ペイロールさんでは、当初この「壁」をどう感じていましたか?

原: まさに小村さんがおっしゃる通り、二極化が起きていました。活用基盤を整えても「使う人は使うが、使わない人は使わない」という状況に直面し、個人利用の域を出ないのです。そこで我々は「組織活用」への強制的なシフトを狙い、全社員約1,000名が参加する「AIハッカソン」を開催しました。

あえて部門横断のランダムなチームを組み、業務上の課題をAIで解決する体験を「全員」に課したのです。これにより、AIへの心理的障壁を下げることに成功しました。ただ、ハッカソンで「体験」したからこそ、今度は「セキュリティは大丈夫か」「もっと正しい知識を身につけたい」という本質的な課題が現場から湧き上がってきました。

そこで導入したのがKIZASHIさんが提供されているAIリスキリング研修で、「生成AIパスポート」の資格取得を通じた全社的なAIリテラシー教育に取り組みました。結果として、正社員の6割以上が資格を取得し、体験と教育を組み合わせたアプローチが、組織全体の底上げにつながりました。

AIが「仕事を奪う敵」から「共に働くともだち」へ。AIリテラシー習得による意識変化

吉田: AI活用が自分ごとになったからこそ、リスク面への関心が高まったわけですね。そこで、生成AIパスポートの資格取得に取り組まれたとのことですが、小村さんはこの「AIリテラシー」をどう定義されていますか?

小村: AIリテラシーとは、スキルを最大限発揮するための「運転免許証」のような役割だと定義しています。例えば自動車は便利な技術ですが、ルールや危険性を理解せずに使えば事故につながります。AIも同様に、正しく使うための知識やマインドセット、入門的なスキルが必要です。

AIリテラシーを習得することで得られるメリットは3つあります。1つ目は「共通言語化」。社内でAIに関する言葉や前提が揃うことで、議論が加速します。2つ目は「利用率の向上」。「こう使えば安全で効果的だ」という基準が分かるため、応用発想が生まれます。3つ目は「リスク予防」。ハルシネーション(誤情報)や情報漏洩、権利侵害といったリスクを正しく理解し、過信も過剰な拒絶もしない適切な距離感が保てるようになります。

今、世の中で最も危惧されているのは「AIリテラシーは低いが、スキル(特定のテクニック)だけは高い」という、無免許運転のような状態です。これが組織的なトラブルの火種になるため、土台としてのリテラシー向上が急務です。

吉田: ペイロールさんでは、実際に全社的なAIリテラシー向上に取り組んだ結果、組織としてどのような変化が現れましたか?

原: まさに「免許」を持ったことで、従業員がAIを「仕事を奪う敵」ではなく「共に働くともだち」として捉えるマインドが定着しました。

大きな変化は、現場からの要望が具体的になったことです。現在は、現場のニーズを直接反映させるために、他社製ツールに頼るのではなく、自社でAI基盤を開発・運用する体制へ移行しました。また、今年の新卒社員63名全員には、研修期間中に「生成AIパスポート」の取得を必須化しました。配属初日から、正しい作法を身につけた「AIネイティブ」な戦力として送り出す。これが現在の弊社のスタンダードです。

吉田: 新卒全員に必須化というのは、まさに「AIリテラシーがビジネスの基礎体力」になっている証拠ですね。「リスク予防」という観点について、小村さんから補足はありますか?

小村: 直近、注目が高まっているのが「シャドーAI」のリスクです。これは、企業が管理していないAIツールを、従業員が業務で無断利用する状態を指します。

企業が適切な環境やルールを提供しないと、従業員が利便性を求めて私的なアカウントでAIを活用し、機密情報を入力してしまうといったことが起こります。つまり重要なのは、AIリスクは「利用を禁止すれば解決する問題ではない」という点であり、むしろ利便性を知った従業員は、非公式にでも使おうとする現実に、組織は向き合う必要があるということです。

これを防ぐには、システムでの制御はもちろんですが、何より「なぜそれが危険なのか」を従業員一人ひとりが納得している状態、つまりAIリテラシーの底上げが必要です。原さんのおっしゃる「現場の文脈を理解したガードレール」のようなシステムと、人間側の判断能力という両輪が揃って初めて、組織はリスクをコントロールしながらアクセルを踏めるようになると思います。

暗黙知をAIに実装せよ。「人とAIの協働組織」の未来

吉田: 最後に「人とAIの協働組織」の未来についてお二方の見解を伺います。小村さんからお願いします。

小村: これからは、AIを単に使う段階から「AIをスペシャリストの分身(エージェント)のように育てる」段階に入ります。

ここで最も価値を持つのは、マニュアル化されていない現場の「暗黙知」を言語化し、AIに実装できる人材です。優れた成果を出すだけでなく、「AIの資産となる優れた情報を残せる人材」がこれからの組織を支えます。各部門のマネージャーが持つ知見をAI化し、それを現場に還元するサイクルを回すこと。この連携こそが、人とAIの協働を加速させると考えます。

原: 小村さんのおっしゃる通りです。弊社には30年分の給与計算のノウハウがあります。これをAIという器に流し込むため、AI開発部門に現場のスペシャリストを配置する「AIコンサル課」を新設しました。

開発者と現場の専門家が隣り合わせで、暗黙知をAIに実装し、PDCAを回しています。この「現場の知恵」と「AIの力」を融合させた新サービスを年内には発表する予定です。AIリテラシーという土台があるからこそ、こうした高度な協働が実現できていると思いますね。

吉田: AIリテラシーの向上はゴールではなく、あくまで「人とAIの協働」という新しいステージに立つためのチケットだと言えますね。その土台があるからこそ、現場の知見がAIという翼を得て、組織全体の競争力に変わる。本日はその確かな道筋が見えたセッションでした。ありがとうございました。