短期連載【Reskilling.KAGA③】中高年リスキリングのススメ

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最終更新日:2025.06.19

「15年後の2040年、そう遠くない未来に65歳以上が全体の35%を占めるように…」
これは日本の将来人口の話ですが、子どもを増やす支援政策と並行して求められる課題が、シニア層の雇用拡大です。


※総務省ページリンク⇒コチラ


2025年4月、法改正により、企業は従業員が希望する場合65歳までの雇用を確保する義務が完全化されました。
これは、65歳までの定年の引き上げや、定年制の廃止、継続雇用制度の導入などの措置に加え、70歳までの就業機会の確保を「努力義務」とすることを国が定めたものです。
これを見ると「老後の悠々自適な暮らし」という観念は遠い過去の話のようです。
一方、組織で従業員がより長く働き続けるためには、現状維持ではなく新しいスキルを学び、新しい仕事に活かすためのリスキリングが重要だとされます。
国内におけるリスキリング第一人者・後藤宗明(ゴトウ・ムネアキ)氏は、老後資金の「お金」、「健康」と「孤独」を誰もが考えなくてはならなくなった『!定年3.0』という課題に、「AIによる失業懸念」も加わった『定年4.0』へ備えよというアラートを日々上げています。
石川県加賀市で地元企業のリスキリングへの取り組みを取材する短期連載【Reskilling.KAGA】。



今回は地元の温泉宿「ききょう」で働くシニア従業員の皆さんを対象に「AI時代のリスキリングの始め方・考え方」に関する勉強会が開かれるということで同行しました。
講師は先の紹介にもあった後藤氏。
サービス業で働く従業員が直面している課題に触れます。





講師・後藤宗明(一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表)                ききょう従業員の皆さん



働く見返りに得るもの


※以下、敬称略

後藤
皆さん「リスキリング(Reskilling)」という言葉を聞いたことはありますか?

全員
ありません。

後藤
おそらく市長が肩を落とされますね。(笑)
今、加賀市では新しいスキルを習得する応援を、一生懸命やっていらっしゃいます。
手に職、スキルと言いますよね。それをもう一度、再び身につけるというリスキリング。
「リ(RE)」は、再びという意味なのですが、今日は是非このリスキリングという言葉を覚えて帰ってください。
今「ききょう」さんも、デジタルを導入して、お仕事を効率化する取り組みを徐々に進めていると伺っていますが、
皆さんもお客様の体験をより良くしていくために、デジタルツールを使うといったことも増えるなどして、リスキリングに関わってくるかなと思います。

後藤
私自身も、それまで全くテクノロジーやデジタルの仕事をしたことがなかったのですが、このままではいけないと思って40歳以降に初めてテクノロジー分野に挑戦し、複数の会社で事業を展開しました。
では最初に、皆さんに質問したいことがあります。
「働くことの見返りに得られるもの」は何でしょうか?

従業員
働くことの見返り…

後藤
皆さんは会社に労働力を提供する。その代わりに、見返りをもらっています。

従業員
お給料。

後藤
そうですね、お給料をもらっています。しかし、それだけではありません。

従業員
元気。

後藤
良い答えですね。他にはいかがでしょうか?

従業員
経験。

後藤
今日の正解が出ました。
「経験」を通じた中で、職場で得られる「スキル」を見返りにもらっていますね。
仕事以外で新しいことを学んだ場合、それは知識であって、スキルは働く中で身につけていくものなんですね。
皆さんは観光分野で働くホスピタリティ(おもてなし・歓待)などのスキルを身につけてこられました。
今、世の中では人材不足が拡大していて、人に投資をしようというのが国の号令でかかっています。
岸田政権(21年~24年)では、人材育成のため5年で1兆円お金を投じましょうという政策もありました。
ところが、これは会社や組織の視点なんですね。
  

従業員の皆さまの視点で考えてみると、先ほどお伝えしたように会社に対して労働力を投資して、見返りとしてお給料とスキルを得ています。
しかし今、AIやロボットがどんどん進む時代に、皆さんがどういうスキルを持っているのか、またこれから働いていく上でどういうスキルが必要になってくるかを客観的に知ることが今後大事になってきます。
海外の研究ではAIによって、今後5年間で6,900万件の新しい分野の仕事が生まれる一方で、8,300万件の仕事が失くなっていくという予測が出ています。
差分の1,400万件の仕事が全世界から失われる、と。原因は、色々なことを自動化していくテクノロジーの影響なんですね。
   

※後藤氏のデータを一部抜粋使用

後藤
今増えている仕事は、やはりデジタル関係が沢山増えています。
一方で、郵便局の事務、銀行窓口、データ入力などの仕事、レジやチケット係など正確性が必要な仕事は、AIやロボットの影響を受けて縮小していると。
では、最先端の自動化の技術にはどういうものがあるか?少しご紹介します。

「何か食べる物ある?」とロボットに聞くと、数ある物の中からリンゴを選ぶ。
リンゴをくださいと言ったわけじゃなく、食べる物ある?と聞いたのに対してちゃんとリンゴを選んでいるんですね。それだけでなく、お皿を棚に立てかけるといったこともできて、もう夫婦喧嘩が減りそうだなみたいな。

従業員

   
後藤
現時点でもロボットは工場で使われていますが単純作業をするものが多いですよね。
しかし、このロボットは会話を理解しながら物を持ったり片づけをするという、複数のことを同時にやることができます。
「働き方改革」の影響で最近は残業もあまりしてはいけないなど、人間には色々事情がありますがロボットはお腹が空いた、体調がすぐれない、疲れたと言うことなく24時間働くわけです。
人手不足を解消していくという意味では、人手が足りない部分をロボットがやっていくことは大事なのかも知れません。

もう1つ例を挙げると、海外で今動きがあるのは自動運転の車です。加賀市でも、少子高齢化(労働力不足)の対策で自動運転バスの導入に取り組まれていますが、私は今回アメリカのサンフランシスコでロボタクシーに試乗してきました。
インターネットの会社Googleがやっている自動運転の車なのですが、運転席でボタンを押すと車が動き始めます。
車内にカメラが付いていて、別の車線を走る車を認識しているので、安全が確認できるまで合流しないんですね。
人が運転をしない車が普通に街中を走っている状況です。東京でも今年から有人補助付きですが、走り始めますよ。


Waymo」写真協力:後藤氏

従業員
普通に私たちも乗れるんですか?

後藤
乗れるようになります。
なぜ最初は有人ドライバーの補助が必要かというと、カメラが景色や道のデータを全部撮るためなんですね。全部撮り終えれば、おそらくドライバーも不在で良いということになると。
では、タクシーの運転手さん、バスの運転手さんの職はこれからどうなるんだっけ?という問題が出てきますよね。
運転は任せられるから、その運転をしていた人は違うお仕事に就きましょうとなって、まさにその準備のために冒頭お話しした「リスキリング」が必要になっていきます。


リスキリングの主語は会社と私



後藤
皆さんも今後もしかすると、食器を片付けたり配膳物を片付けたりする時にロボットにお願いするかも知れません。
そうすると、皆さんは仕事を頼む側に回ることになりますよね。
なので、こういうAIやロボットを使えるようになるスキルが大事になります。

改めて、リスキリングは「新しいスキルを身につける」という意味です。
ただ、これを自分1人で頑張ってくださいとなると、なかなか大変。
実は、仕事に今後必要となるスキルを、会社の中で経営者や従業員が相談しながら一緒にやっていくというのが、リスキリングの考え方なんですね。
じゃあ、リスキリングの中身は何ですかと言われたら、新しいことをまず学んでその学んだことを仕事の中で活かす、そこで初めてスキルになるわけです。
新しく必要とされるデジタルツールなども使いこなしながら、今までとは違う新しい業務に就いていく、これがリスキリングなんです。


アメリカなどでは、リスキリングをちゃんと成功させていくとお給料が上がっていくというデータも出ています。
会社で求められている新しいスキルを身につけることは、会社に貢献できることになるので、当然お給料も上がっていくと。
なので、スキルはお金と同じぐらい価値があるという風に言われています。


皆さん「石川樹脂工業」って聞いたことありますか?
加賀市の会社なんですが、リスキリングの素晴らしい成功事例を持っています。
元々、食器など注文をもらって卸す会社だったんですけれども、今は本業の半分以上が、会社に卸すようなお仕事ではなく、自社ブランドを立ち上げて食器を作っています。
今までは、外国の「技能実習生」と呼ばれている研修生の方々が工場でこちらの食器を作っていたんですけども、2019年から作業ロボットを入れて以来、ほとんどの工程を自動化しました。
で、これも実は5年間、ロボットが入ってきたり、オンラインで食器を販売するといった新しい仕事を始めたので、まさにそこに向けて石川樹脂工業の従業員の方々がリスキリングをやってきたというのがあります。

(※石川樹脂工業について詳しくは【Reskilling.KAGA】Vol.1Vol.2をご覧ください)



後藤
リスキリングを始める上で、大切な考え方があります。
これから先、どんなお仕事をやりたいのかということに対して必要なスキル。
で、現在既に持っている、接客やおもてなしといったホスピタリティなどのスキルがありますね。
そこを引いた差分を「スキルギャップ」と言いますが、この差を埋めていかなければいけません。
先程もありましたが、ロボットが家事を全てやってくれるようになって皆さんがしなくて済むことが増えるので、将来的に時間が浮きます。
そうすると、余った時間を何に使おうかと考えた時に、こんな仕事もやってみたい、社内の中でこんな新しいことをやってみたいとなった時、そこに向けて新しいスキルを身につけていくなど、いろんなことが考えられます。

例えば「AIエージェント」って聞いたことはありますか?

従業員
AIエージェント、聞いたことないです。


後藤
代理店のことをエージェントと言ったりしますが、自分の代わりに仕事をしてくれるのでAIエージェントですね。
こういうものが、一般的になると言われています。この映像は私のAIエージェントです。
何気なく英語を話していますが、実はこの時の撮影で私は日本語しか使っていません。それをAIが自動で訳して英語にしていると。皆さんこれは何に使えると思いますか?
お客様が外国の方だった時に、こういうのを使えば接客がとてもしやすくなりますよね。なので、大切なのは今後どんどん便利になっていく時に「使えるようになること」ですね。自分が楽をするために使えるようになるということが、これからの時代大事なんじゃないかと思います。


人生100年時代の学びの工夫


従業員
いっぱいあり過ぎて。(笑)

後藤
いっぱいあり過ぎて!(笑)
正解発表します。
5位「生活習慣」、4位「家族との時間をもっと取れば良かった」、3位「もっと運動しておけば良かった」、2位「もっと貯金しておけば良かった」。
そして、1位は「もっと学んでおけば良かった」なんです。
その数57.1%、実に6割近い方がもっと学んでおけば良かったと思ったと。「ききょう」の皆さんはいかがですか?

従業員
そうですね…。年を重ねるたびに、物覚えも段々鈍くなって。正直、以前はもっとできたのにとか、そういうことをよく話すんですが。私たちも、そういう年齢になったのかねって。
だから半分諦めもあったり、ちゃんとそれをこなせない自分が歯がゆかったりっていう今日この頃です。

後藤
まだまだ、人生100年時代と呼ばれる中で、これからお仕事と関わられる時間は長くなっていく時に「今が1番若い」という表現がありますよね。先ほどアンケートでもあったようにやり直せるとしたら「学び」が1番でした。
なので、これから健康的にやりたいことをやっていくために、お仕事を続けていくためにも新しいことを学ぶ時の工夫としてどういう学び方が自分には合ってるのかご自身で意識していただきたいのです。
例えば、本を読んだり動画を見たり1人で学ぶのが得意な人と、みんなで、ワイワイ研修みたいな形が得意な人では学び方って違うんですね。
目から情報を入れたほうが良い、耳から聴いたほうが良いなどでも違う。ラジオのように目よりも耳からのほうが記憶力が高くなるという人がいるんですね。
私の場合は注意力散漫なので、目から情報が入ってくると意識が全部そちらへ行ってしまって、耳からだと覚えられないんです。Podcastって聞いたことはありますか。

従業員
いいえ、ないですね。

後藤
最近はスマホなど使って聴くようにして学ぶ、映像のない講座があるんですよ。
なので大切なのは、人によって相性があるので自分はどういう学び方だと覚えやすいかを、今後考えていただくことかなと思います。

もう1つ、覚えたことを忘れないようにする仕組みで、大切なこととしては「すぐ人に喋る」です。
覚えたら人にすぐ喋る。例えば、ちょっと新しいことを学んだら、朝礼の場などで周りの人に喋っちゃう。
学んだことを外に出すと記憶が定着すると言われていて、インプットという言葉がありますが、インプットしたらアウトプットする・外に出すと。
そうすると、他の人の役にも立つので新しいことを覚えたら、自分ですぐに喋る場を作るというのが良いと思います。

従業員
なるほど。

後藤
最後に皆さん、新しいことや新しい道具を使うのは苦手といったお悩みはありますか?

従業員
スマホもなかなかね、LINEはできるようになりましたけれど、他のことをすることがやっぱり難しいよね?

従業員
何に対しても臆病には、なっています。覚えたいという気持ちと、自信がないという気持ちが半々。
年を重ねた分、本当に頑張らなきゃいけないんだなとは思います。気負ってばかりでもいけないけど。

後藤
例えば、さっきお伝えしたところで言うと、新しいことを何か覚えた時に、すぐ人に喋ったりってやっていらっしゃいますか。

従業員
できていないです。仕事の関係では、こうなんだよねとか何気に話しあったりはしていますが。

後藤
そうすると、覚えられませんか?

従業員
覚えられます!

後藤
単に加齢とともに忘れてしまうわけではなくて、覚えておく方法を工夫しなければいけないということもキーポイントかも知れません。上出(カミデ)社長はいかがですか?

上出
世界最先端のホテルが沖縄にあるということで、昨年視察に行ったんです。東京のホテルもそうでしたが、チェックイン・チェックアウトに人が居なかった。
私たちも、観光庁と一緒にマイナンバーカードで、それができるように作ろうと頑張っています。あとは、導入したいのは掃除ロボットあたりからですね。今までできなかった、段差を登れるようになったということで注目していますし、他にも電話対応もAIがやってくれるように多分なりますよね。
そういった単純作業は今後、おそらくロボットがやってくれるんだろうなということで、じゃあ旅館にとっての「仕事」って何かと言うとやはり「おもてなし」だろうと。

上出晃史氏(ホテル ききょう 代表取締役)

後藤
そうですね。   

上出
AIを使いつつも、そういった満足度を高めていく部分は人の仕事でやっていくということかなと思います。

後藤
おっしゃる通りですね。
人生100年時代、仕事が変化していく中で年齢や役職関係なく、これまでの接客術とともに新しいことを学ぶことを恐れずに!是非ご自分が楽をするためにもAIやロボットに仕事をさせるぐらいの気持ちで、新しいことに挑戦していただきたいなと思います。



編集後記


後日、「勉強会のあと、従業員たちが様々な意見を交わしていて、大変有意義な学びの機会となりました。」
と上出社長から、後藤氏のもとに連絡があったとのことです。

リスキリングの実態は、自身の日常業務の中で「時間」と「気持ち」。
この2つと、どう折り合いをつけながら学びの歩みを進めていくのかが課題である、ということが「ききょう」の従業員皆さんと後藤氏との交流から感じることができました。
誰しもが学ぶことを得意とするわけではない状況下で、いかに周囲と連携するか。
まさに、主語を「私」だけで終わらせてはいけないということではないでしょうか。
後藤氏がお話の中で強調されていた「従業員の皆さん」と「経営者・会社組織」が一緒に進めることが、リスキリングの本質であること。
これに、市や国というマクロな単位も含むことは前向きな材料として、捉えられるかも知れません。
また、同行された加賀市役所スタッフの方が勉強会の結びで、「身の回りにあるツール一つからでも触れて使ってみるところから始めていただいて、一緒にやっていければなと思います。」とメッセージを投げかけられたことも、従業員の皆さんの不安を和らげる寄り添い方であったように思えました。

「ききょう」の皆さんが、お掃除ロボットを操作する未来を楽しみにしたいと思います。



(文/編集・崔明秀、監修・後藤宗明)


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一般社団法人 ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 公式サイト
「加賀市リスキリング宣言を行いました」


【Reskilling.KAGA】各連載リンク

Vol.1:石川樹脂工業

Vol.2前編:ヤマニ

Vol.2後編:経営対談


※今回の続きはコチラ

Vol.4:竹内製菓