人的資本経営とは?メリットや情報開示内容、実践例を紹介

  • DX経営
  • スクール

最終更新日:2024.10.14

人的資本経営とは 従業員一人ひとりを「資本」と捉え、彼らの知識、スキル、経験、能力などを最大限に引き出し、企業価値向上につなげる経営戦略 人的資本経営を成功させる7つのポイント: 経営戦略と人材戦略を連動させる 「As is To be」ギャップの把握 DE&Iの推進(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン) リスキリング学び直しの推進 企業文化定着に向けた取り組みの推進 社員エンゲージメントの把握・向上施策の推進 動的な人材ポートフォリオの作成・運用

近年、ビジネスの世界では「人的資本経営」というキーワードが注目を集めています。

人的資本経営とは、従業員を「コスト」ではなく、企業価値向上のための「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出す経営戦略のことです。

従来の人材戦略では、人材育成や働き方改革といった個別の施策に焦点が当たりがちでした。

しかし、人的資本経営では、企業の長期的な成長を見据え、人材への投資がどのように企業価値向上に繋がるのかを明確化し、戦略的に取り組むことが求められます。

この記事では、人的資本経営の定義や重要性を始め、具体的なメリットや情報開示、実践例などを詳しく解説していきます。

目次 非表示

1. 人的資本経営とは?

人的資本経営とは、従業員一人ひとりを「資本」と捉え、彼らの知識、スキル、経験、能力などを最大限に引き出し、企業価値向上につなげる経営戦略です。

人的資本経営では、従業員への投資を「コスト」ではなく「将来への投資」と捉え、従業員の成長が企業の成長に直結すると考えます。

従来の人材戦略 人的資本経営
コスト削減 投資対効果
人材の効率的な活用 人材の育成と活用
指示命令型 自律型

このように、人的資本経営は、従来の人材戦略と比較して、より戦略的かつ長期的な視点を持つことが特徴です。

企業は、従業員への投資を通じて、従業員のエンゲージメント、モチベーション、能力を高め、競争優位性を築くことを目指します。

(1)経済産業省「人材版伊藤レポート」で示された変革の方向性

2020年9月に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」では、人的資本を「人材」ではなく「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出す経営の必要性が示されました。

さまざまな分野・領域で変革が求められるなか、変革の方向性を以下のように示しています。

Not this 項目 But this
人的資源・管理 人材マネジメントの目的 人的資本・価値創造
人事 アクション 人材戦略
人事部 イニシアチブ 経営陣(SC)/取締役会
内向き ベクトル・方向性 積極的対話
相互依存 個と組織の関係性 個の自律・活性化
囲い込み型 雇用コミュニティ 選び、選ばれる関係

引用:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~|経済産業省

従来の、従業員をコストとして捉え、画一的な育成を行うという考え方から、従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、企業価値向上に繋げるという、より戦略的な人的資本経営への転換が求められています。

(2)従来の人材戦略との違い

従来の人材戦略では、人材を「コスト」として捉え、採用・育成・配置などを効率的に行うことで、人件費の抑制や業務の効率化を図ることが中心でした。

一方、人的資本経営では、人材を「価値を生み出す資本」と捉え、従業員一人ひとりの能力や可能性を最大限に引き出し、企業価値向上につなげていくことが重要となります。

項目 従来の人材戦略 人的資本経営
人材を捉える視点 コスト 資本
目的 人件費の抑制、業務の効率化 企業価値の向上
従業員への考え方 コスト削減の対象 価値創造の源泉
投資 限定的 継続的な投資
指標 採用コスト、離職率など 従業員エンゲージメントなど

2. 人的資本経営が注目される背景

人的資本経営が注目されている背景には、以下の要因が挙げられます。

  • 社会課題の変化
  • 多様な働き方の浸透
  • 投資家からの情報開示要請
  • グローバルの風潮

(1)社会課題の変化

近年、日本企業を取り巻く社会課題は大きく変化しており、人的資本経営の重要性を高める要因となっています。

具体的には、少子高齢化による労働力不足の深刻化、グローバル競争の激化、価値観の多様化などを背景とした、従業員のエンゲージメントや企業の生産性向上が課題として挙げられます。

社会課題の変化 説明
少子高齢化による労働力不足の深刻化 労働人口の減少により、企業は優秀な人材の確保・育成がこれまで以上に重要な課題となっている
グローバル競争の激化 グローバル化が加速する中、企業は優秀な人材を獲得し、競争力を高める必要がある
価値観の多様化 多様な価値観や働き方を求める人が増える中で、従業員一人ひとりのニーズに対応した柔軟な働き方や人材育成制度の整備が求められている

これらの社会課題の変化に対応し、持続的な企業成長を実現するために、人的資本への投資がこれまで以上に重要視されています。

(2)多様な働き方の浸透

テクノロジーの進化や社会構造の変化に伴い、従来型の働き方にとらわれない、多様な働き方が浸透しつつあります。

働き方の種類 説明
テレワーク 情報通信技術を活用し、場所を選ばずに働くこと
フレックスタイム制 始業・終業時刻を従業員自身で設定できる制度
副業・兼業 複数の仕事を持つ働き方

こうした多様な働き方の浸透は、従業員一人ひとりのライフスタイルや価値観に合わせた柔軟な働き方を可能にする一方で、企業にとっては、従来の人事管理システムや評価制度の見直しなどが求められています。

(3)投資家からの情報開示要請

従来の財務情報だけでなく、人材に関する非財務情報も重視する投資家が増加しています。

企業が長期的に成長し、持続的な価値を創造していくためには、従業員の能力やエンゲージメント、企業文化といった人的資本への投資が不可欠であるという認識が広まっているためです。

具体的には、機関投資家は、企業価値を適切に評価し、投資判断を行うために、以下のような情報開示を求めています。

開示項目(例) 内容
人材の多様性に関するデータ 性別、年齢、国籍、障がいの有無などの構成比率
従業員のエンゲージメントに関するデータ 従業員満足度調査の結果、離職率、勤続年数
人材育成・能力開発への投資状況 研修時間、研修費用、自己啓発支援制度
ダイバーシティ&インクルージョンに関する取り組み 女性活躍、障がい者雇用、LGBTQ+への配慮
サステナビリティに関する取り組み 人権尊重、労働環境改善、環境保護への取り組み

これらの情報を適切に開示することで、投資家との信頼関係を構築し、企業価値の向上につなげることが期待されます。

(4)グローバルの風潮

人的資本経営は、グローバルで高まりつつある潮流となっています。

国際機関や海外投資家は、企業価値を評価する上で人的資本を重視しており、その重要性は年々増加しています。

例えば、以下のような動きがあります。

機関名 内容例
世界経済フォーラム(WEF) 「人的資本報告」の枠組みを公表し、企業に対して人的資本の情報開示を推奨
国際統合報告評議会( IIRC ) 企業が長期的な価値創造のために、人的資本を含む経営資源をどのように活用しているかを統合報告書に開示することを推奨

これらの動きからも、人的資本への投資は、もはや一部の先進的な企業だけのものではなく、グローバルスタンダードになりつつあると言えるでしょう。

日本企業も、この流れに遅れを取らないように、積極的に人的資本経営に取り組む必要性が高まっています。

3. 人的資本経営の情報開示

人的資本経営を推進していくには、その取り組みや成果を社内外に発信していくことが重要です。

投資家をはじめとするステークホルダーに対して、企業が人的資本をどのように捉え、どのように経営に取り入れているかを開示することで、企業価値の向上につなげることが期待できます。

人的資本に関する情報開示は、2023年3月より、金融庁や政府によって人的資本の開示が義務化され、7分野19項目における情報の開示が求められています。

具体的には、2023年3月31日以降に終了する事業年度にかかる有価証券報告書から適用され、対象となる企業は、金融商品取引法第24条の「有価証券を発行している企業」の中から、大手企業約4,000社になります。

開示すべき項目としては、以下のものが挙げられます。

  • 人材育成
  • 従業員エンゲージメント
  • 流動性
  • ダイバーシティ
  • コンプライアンス、労働慣行
  • 健康・安全

参考:人的資本可視化指針|内閣府

これらの開示事項を検討する際は、投資家が企業間比較を行う際に必要な項目と、独自性のある項目を織り交ぜて開示することが重要です。例えば、自社の取り組みとして、社員研修や能力開発を自社独自の戦略として開示することもできます。

4. 人的資本経営のメリット

人的資本経営を導入することで、企業は以下のようなメリットを享受できます。

  • 企業価値の向上
  • 従業員エンゲージメントの向上
  • 優秀な人材の確保
  • 生産性向上
  • イノベーション創出
  • ブランド価値向上
  • 投資家からの評価向上

(1)企業価値の向上

人的資本経営を実践することで、企業は「財務情報(売上高、利益、資産、負債など)」と「 非財務情報(企業の社会的、環境的、および統治に関する側面)」の両面から、企業価値の向上を期待できます。

従業員の能力向上やエンゲージメント向上は、生産性向上や顧客満足度向上に繋がり、最終的に企業の収益増加、そして企業価値の向上に貢献します。

また、人的資本への投資は、従業員の定着率向上にも繋がり、採用コストの削減にも効果が期待できます。

さらに、リスク管理やコンプライアンス体制の強化など、ESG投資の観点からも評価され、持続的な企業成長に繋がります。

人的資本経営は、短期的な利益ではなく、中長期的な視点で企業価値を高めるための重要な経営戦略と言えるでしょう。

(2)従業員エンゲージメントの向上

従業員エンゲージメントとは、従業員が企業や仕事に対して愛着や誇り、情熱を持って積極的に取り組む心理状態を指します。

人的資本経営では、従業員エンゲージメントを高めることが、企業の成長に不可欠と考えられています。

従業員エンゲージメントが向上すると、下記のような効果が期待できます。

効果 説明
モチベーション・パフォーマンス向上 企業への貢献意欲が高まり、業務パフォーマンスが向上する
離職率低下 企業への愛着や帰属意識が高まり、離職を抑制できる
企業の成長 従業員の意欲や能力が最大限に発揮され、企業の成長を促進する

人的資本経営において、従業員エンゲージメントを高めるための取り組みは、従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、企業価値向上へと繋がる重要な要素と言えます。

(3)優秀な人材の確保

人的資本経営は、企業にとって優秀な人材の確保を実現する有効な手段となりえます。

人的資本への投資を強化することで、企業は以下のような効果を通じて優秀な人材を引きつけ、定着させることが期待できます。

効果 説明
企業の魅力向上 従業員を重視する企業姿勢を示すことで、企業ブランドや魅力度が向上し、優秀な人材獲得につながる
従業員エンゲージメント・ロイヤルティの向上 働きがいのある環境や成長機会の提供は、従業員のエンゲージメントとロイヤルティを高め、定着率向上に貢献する
スキルアップによる人材育成 人材育成への投資は、従業員のスキルアップを促し、企業の競争力を高めると同時に、成長意欲の高い人材にとって魅力的な環境を提供する

優秀な人材は、企業の成長を牽引する原動力となります。人的資本経営を通じて、人材の質を高め、企業の競争力を強化していくことが重要です。

4生産性向上

人的資本への投資は、従業員のスキルや能力、エンゲージメントを高め、結果として生産性向上に繋がります。

従来型の労働集約的な生産性向上ではなく、従業員一人ひとりの潜在能力を引き出し、創造性や革新性を活かすことで、より質の高いアウトプットを生み出すことが期待できます。

人的資本経営による生産性向上の例 説明
スキルアップ研修による業務効率化 個々のスキルレベルを向上させることで、業務の効率化や質の向上を実現できる
最新ITツール導入による業務の自動化 業務プロセスを見直し、自動化できる部分を特定することで、従業員はより創造的な業務に集中できる
働き方改革による従業員の集中力・モチベーション向上 柔軟な働き方を導入することで、従業員のワークライフバランスが改善し、集中力やモチベーションの向上につながる
コミュニケーション活性化による組織全体の連携強化 部署間や従業員間のコミュニケーションを活性化することで、情報共有や連携がスムーズになり、組織全体の生産性向上に貢献する
従業員のエンゲージメント向上による自発的な業務改善やアイデア創出 人的資本経営を通じて従業員のエンゲージメントが高まると、従業員が自発的に業務改善や新しいアイデアを提案するようになり、組織全体の活性化につながる

これらの取り組みによって、企業は限られたリソースを最大限に活用し、生産性の向上を実現できます。

(5)イノベーション創出

人的資本への投資は、企業のイノベーション創出を促進する効果も期待できます。

従業員の能力開発やエンゲージメント向上に取り組むことで、以下のような変化を生み出し、企業の競争優位性を築くことに繋がります。

効果 説明
従業員の創造性・アイデア発想力の向上 スキルアップや多様な経験を通じて、従業員一人ひとりの潜在能力を引き出し、自由な発想や新しいアイデアを生み出す土壌を育む
部門横断的な連携強化 部署間の壁を取り払い、オープンなコミュニケーションを促進することで、新たな視点やアイデアの融合を促し、イノベーションを加速させる
挑戦的な組織文化の醸成 失敗を恐れずに挑戦できる環境を作ることで、従業員の積極性を引き出し、革新的な製品・サービス開発を後押しする

従業員が持てる能力を最大限に発揮し、新たな価値創造に挑戦できる環境を作ることで、企業は持続的な成長と発展を実現できます。

(6)ブランド価値向上

ブランド価値とは、製品やサービスに対する顧客の信頼や共感から生まれる価値を指します。

人的資本経営は、このブランド価値向上にも大きく貢献します。

人的資本経営の取り組み ブランド価値への影響
従業員満足度の向上 企業理念やビジョンへの共感、顧客満足度向上につながる
多様な人材の活躍推進 企業イメージの向上、より広範な顧客層へのアピール
社会貢献活動への積極的な参加 企業姿勢への共感、信頼獲得
社員のスキルアップ、イノベーション創出への投資 高品質な製品・サービス提供のイメージ向上、顧客ロイヤリティ強化

従業員一人ひとりが企業理念やビジョンを共有し、高いモチベーションとスキルを持って顧客と向き合うことで、企業ブランドに対する共感や信頼が育まれ、結果としてブランド価値向上に繋がります。

(7)投資家からの評価向上

人的資本への投資は、短期的な利益には直結しにくいという側面があります。

しかし、人的資本経営を推進することで、企業の持続的な成長と収益向上を期待できると考えられており、投資家からの評価向上につながると考えられています。

人的資本経営に積極的に取り組む企業は、以下のような評価ポイントによって投資家から高く評価されます。

評価ポイント 内容
人材の長期的な育成 従業員のスキルアップやキャリア開発への投資を積極的に行っている姿勢
ダイバーシティ&インクルージョン 多様な人材の活躍を推進し、イノベーションを創出できる環境を構築している姿勢
従業員のエンゲージメント 従業員のモチベーションやエンゲージメントが高く、企業の成長に貢献できる体制が整っている姿勢
リスクマネジメント 人材リスクを適切に管理し、企業の安定的な成長を担保できる体制

これらの評価ポイントを満たすことで、投資家から「人的資本を重視した経営」をしていると判断され、長期的な投資対象として魅力的な企業と認識されます。

結果として、資金調達力の向上や株価の上昇など、企業価値向上に繋がる可能性があります。

5. 人的資本経営の実践例

人的資本経営を実践している企業では、具体的にどのような取り組みが行われているのでしょうか。代表的な例を以下に紹介します。

  • 多様な働き方の導入・推進
  • スキルアップ支援制度の拡充・拡大
  • 評価制度の見直しと透明化
  • コミュニケーション活性化施策
  • 健康経営の推進

(1)多様な働き方の導入・推進

多様な働き方の導入・推進は、従業員一人ひとりのライフステージや価値観に合わせた柔軟な働き方を可能にし、従業員のワークライフバランスの向上と、企業の生産性向上を両立させる取り組みとなります。

働き方 説明
フレックスタイム制 コアタイム以外であれば始業・終業時間を自由に設定できる制度
テレワーク 情報通信技術を活用し、場所にとらわれずに業務を行う制度
時短勤務制度 育児や介護などの理由で、所定労働時間を短縮して働く制度
副業・兼業 所属企業以外に、自身のスキルや経験を活かして別の仕事を行うこと

上記のような制度を導入することで、従業員は通勤時間の短縮や家族との時間の確保などがしやすくなり、仕事への集中力やモチベーションの向上に繋がります。

また、企業側にとっては、優秀な人材の確保・定着や、オフィス賃料などのコスト削減効果も期待できます。

多様な働き方の導入は、従業員満足度と企業の成長を同時に実現する上で、重要な要素と言えるでしょう。

2スキルアップ支援制度の拡充・拡大

従業員のスキルアップは、企業の成長に欠かせない要素です。

人的資本経営においては、従業員が自発的にスキルアップを目指せるよう、従来の研修制度にとどまらない、拡充・拡大された支援制度を導入することが重要となります。

従来型の研修制度 拡充・拡大されたスキルアップ支援制度の例
階層別研修、新入社員研修など画一的な内容 個人のキャリア目標に合わせた研修プログラムの提供
企業内研修が中心 オンライン学習プラットフォームの導入、外部研修受講費用補助
受講のみ スキル習得状況の可視化、資格取得奨励金制度

従来型の研修制度は、企業側が用意したプログラムを従業員が受講する形が一般的でした。

しかし、人的資本経営では、従業員一人ひとりのキャリア目標や学習ニーズに合わせた、柔軟なスキルアップ支援が求められます。

例えば、オンライン学習プラットフォームを導入することで、時間や場所にとらわれずに学習できる環境を提供できます。

また、外部研修受講費用を補助することで、専門性の高いスキルを身につける機会を創出できます。

さらに、資格取得奨励金制度を設けることで、従業員のモチベーション向上を図りつつ、スキルアップを促進することも可能です。

(3)評価制度の見直しと透明化

従来の年功序列型から、従業員の能力や成果を適切に評価できる人事評価制度への転換が求められています。

従業員が納得感を持って働き続けられるよう、評価プロセスや評価基準を明確化し、透明性を高めることが重要です。

項目 内容例
評価基準 企業理念・ビジョンとの整合性、行動目標の達成度、発揮された能力(コンピテンシー)等
評価プロセス 上司による評価、多面評価、自己評価などを組み合わせた評価
評価結果のフィードバック 評価結果に基づいた具体的な改善点やキャリアパス等の提示

評価制度の見直しと透明化によって、従業員のモチベーション向上や能力開発の促進、適材適所の人材配置を実現しやすくなるでしょう。

(4)コミュニケーション活性化施策

人的資本経営において、従業員同士や上司と部下など、企業内のコミュニケーションを活性化させることは非常に重要です。

従業員間の相互理解を深め、エンゲージメントや帰属意識を高める施策を積極的に導入しましょう。

施策例 内容
社内イベントの実施 懇親会やチームビルディングなど、部署や役職を超えた交流を促進するイベントを企画・実施する。オンラインを活用するのも効果的
コミュニケーションツールの導入 SlackやChatworkなど、スムーズな情報共有や意見交換を促進するツールを導入する
オフィス環境の改善 リラックスできる休憩スペースやフリーアドレス制の導入など、コミュニケーションが生まれやすいオフィス環境を整備する
1on1ミーティングの実施 上司と部下が定期的に面談を行い、業務の進捗状況やキャリアプラン、職場環境に関する意見交換を行う機会を設ける

これらの施策を通じて、風通しの良い組織文化を醸成し、従業員満足度の向上を図りましょう。

(5)健康経営の推進

健康経営とは、従業員の健康を経営的な視点で捉え、戦略的に取り組むことを指します。

従業員の健康増進は、生産性向上や企業価値向上に繋がるため、人的資本経営において重要な要素となります。

メリット 具体的な内容
生産性向上 健康状態の改善により、集中力や業務効率が向上する
医療費負担の抑制 生活習慣病予防などに取り組むことで、将来的な医療費負担を抑制できる可能性がある
企業イメージ・ブランド価値の向上 健康経営に取り組む企業姿勢が、求職者や顧客から高く評価される
従業員の定着率向上 健康面への配慮が、従業員のモチベーションやエンゲージメントを高め、離職率低下に繋がる

健康経営を推進するためには、健康診断の実施率向上やストレスチェックの実施、健康増進プログラムの導入、職場環境の改善など、多岐にわたる取り組みが必要となります。

施策を継続的に実施することで、従業員の健康増進と企業の持続的な成長を目指します。

6. 人的資本経営の実践ステップ

人的資本経営を効果的に進めるには、以下の3つのステップで段階的に取り組むことが重要です。

  • 経営戦略との連動
  • KPIの設定と施策の実施
  • 効果検証と改善

(1)経営戦略との連動

人的資本経営を成功させるためには、企業全体の経営戦略と連動させることが不可欠です。

人的資本への投資を、単なるコストと捉えるのではなく、経営目標達成のための戦略的な投資と位置付ける必要があります。

経営戦略 人的資本戦略の例
売上拡大 営業スキルの向上研修、新規顧客開拓のためのインセンティブ制度導入
新規事業開発 新規事業開発に必要なスキルを持つ人材の採用・育成、新規事業提案制度の創設
グローバル展開 語学研修、海外赴任制度の充実、多様な文化に対応できる人材の育成
DX推進 デジタルスキルの向上研修、DX推進プロジェクトへの人材配置、データ分析人材の育成
ブランド価値向上 顧客満足度向上のための接客研修、企業理念を体現した行動を評価する制度設計
コスト削減 業務効率化のためのIT導入、従業員の自律的な業務改善を促進する仕組みづくり

経営戦略と整合性のとれた人的資本戦略を策定することで、投資対効果の高い人材投資が可能となり、企業の持続的な成長につながります。

(2)KPIの設定と施策の実施

人的資本経営を効果的に推進するためには、適切なKPIを設定し、具体的な施策を実行していくことが重要です。

まず、自社の経営戦略に基づいた上で、人的資本経営における具体的な目標を設定します。

目標達成に向けて、どのような人的資本を、どのように活用していくか、具体的なKPIと施策を検討します。

KPIの例 具体的な施策例
従業員エンゲージメント 社員満足度調査の実施、エンゲージメント向上施策の実施
人材の定着率 離職理由の分析、人材育成制度の充実
女性管理職比率 女性リーダー育成プログラムの提供
社員のスキルアップ 社内研修制度の充実、自己啓発支援制度の導入
イノベーション創出件数 新規事業提案制度の導入、アイデアコンテストの実施

KPIと施策は、自社の課題や目標に応じて適切に設定する必要があります。

施策の実施状況や効果を定期的にモニタリングし、必要に応じてKPIや施策内容を見直すことが重要です。

(3)効果検証と改善

人的資本経営は、短期的な視点ではなく、中長期的な視点で取り組むことが重要です。

そのため、設定したKPIに基づいて施策の効果を検証し、継続的な改善を行う必要があります。

効果検証には、従業員満足度調査や離職率、採用コストなどの定量的なデータだけでなく、従業員との面談などを通して定性的なデータも収集し、多角的に分析することが重要です。

また、当初の目標に対する進捗状況を評価し、課題や改善点を見つけ出す作業も必要とされます。

進捗状況が好ましくない場合は、施策内容の見直しや新たな取り組みを検討するなど、柔軟に改善策を実行していくことが、人的資本経営を成功に導く鍵となります。

7. 人的資本経営を成功させるためのポイント

人的資本経営を成功させるには、以下の7つのポイントを意識することが重要です。

  • 経営戦略と人材戦略を連動させる
  • 「As is To be」ギャップの把握
  • 企業文化定着に向けた取り組みの推進
  • 動的な人材ポートフォリオの作成・運用
  • DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の推進
  • リスキリング・学び直しの推進
  • 社員エンゲージメントの把握・向上施策の推進

(1)経営戦略と人材戦略を連動させる

人的資本経営では、企業全体の戦略と人材戦略の方向性を一致させることが重要です。 しかし、従来の日本企業の人事部門は、採用や給与計算などの業務に追われ、戦略的な機能を果たせていないケースが多く見られました。

そこで、経営戦略と人材戦略を連動させるために、欧米企業で先行して設置が進んでいるCHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)の設置が有効です。

CHROは、経営陣の一員として、人的資本の観点から経営戦略の策定や実行に携わります。

役割 詳細
経営戦略への参画 人的資本の観点から、経営戦略の策定や実行に参画する
人材戦略の立案・実行 経営戦略に基づき、人材戦略を立案・実行する
人事部門の変革 人事部門を、戦略的な機能を担う組織へと変革する
組織文化醸成 企業文化の醸成を推進する
ダイバーシティ&インクルージョン推進 多様性と包括性を重視した組織作りを推進する

CHROを設置することで、人事部門が経営戦略と連動した人材戦略を立案・実行できるようになり、人的資本経営を推進することができます。

また、企業全体の経営課題を抽出することも重要です。 経営課題を、人材という側面から解決するためには、どのような人材が必要なのか、どのようなスキルを習得させるべきなのかなどを検討する必要があります。

(2)「As is To be」ギャップの把握

人的資本経営を推進する上で、現状(As is)と目指すべき姿(To be)のギャップを分析し、具体的なKPIを設定することが重要です。

例えば、従業員エンゲージメントの向上が全社的な経営課題として挙げられた場合、以下のようなKPIを設定できます。

項目 As is To be KPI
現状 エンゲージメントスコア:60点 エンゲージメントスコア:70点

・エンゲージメントサーベイの実施(年4回)

・エンゲージメントスコア改善に向けた施策の実施(年2回以上)

このように、KPIを設定することで、人的資本経営の取り組みの進捗を可視化し、効果的な施策を継続的に実施していくことができます。

(3)企業文化定着に向けた取り組みの推進

人的資本経営を成功させるには、従業員一人ひとりが企業理念やビジョンを共有し、その実現に向けて主体的に行動できる企業文化を築くことが重要です。

そのためには、以下のような取り組みを推進していく必要があります。

取り組み例 内容
理念・ビジョンの浸透 従業員が企業理念やビジョンを理解し、共感できるよう、様々な機会を通じて発信する
行動指針・価値観の明確化・共有 企業理念やビジョンを実現するために、従業員が日々どのような行動をとるべきかを明確化し、共有する
社内コミュニケーションの活性化 従業員同士が積極的にコミュニケーションを取り、相互理解を深められるような環境を作る
従業員エンゲージメント向上のための取り組み 従業員満足度調査などを実施し、従業員のエンゲージメントを把握した上で、改善策を講じる
人事評価制度への反映 企業理念やビジョン、行動指針に基づいた人事評価制度を設計し、従業員の行動変容を促す

これらの取り組みを通じて、従業員一人ひとりが企業文化を内面化し、自発的に行動できるような組織作りを目指します。

(4)動的な人材ポートフォリオの作成・運用

人的資本経営を成功させるためには、従業員一人ひとりのスキルや経験、能力、適性などを可視化し、最適な人材配置や育成を行う「動的な人材ポートフォリオ」の作成・運用が欠かせません。

従来型の静的な人材ポートフォリオでは、変化の激しい現代においては、環境変化や事業ニーズへの対応が遅れ、競争優位性を維持することが困難になります。

人的資本を「資本」として捉え、企業価値向上に繋がるよう、継続的に見直し・改善を行う「動的な人材ポートフォリオ」を構築していく必要があります。

プロセス 内容
①人材の棚卸し スキル・経験・資格・実績・評価などをデータベース化する
②人材の分析・評価 市場価値、将来性、潜在能力などを多角的に分析する
③人材ポートフォリオマップの作成

②の結果を基に従業員を分類し、可視化する

(例:スキルレベル×業務経験年数など)

④配置・育成計画の策定 事業計画や成長戦略に基づき、最適な人材配置と育成計画を策定する
⑤計画の実施と効果検証 策定した計画に基づき、配置・育成を実施し、定期的に効果を検証する

上記プロセスを継続的に行い、変化する事業環境や戦略に柔軟に対応できる組織作りを進め、人的資本経営の成功に繋げましょう。

(5)DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の推進

人的資本経営において、従業員の多様性を尊重し、公平な機会と待遇を提供することで、一人ひとりが能力を最大限に発揮できる環境を作る「DE&I」を推進することは重要です。

DIVERSITY EQUITY INCLUSION
多様性 公平性 inclusion
年齢、性別、人種、国籍、性的指向、価値観などの多様性 均等な機会と待遇の提供 誰もが組織に受け入れられていると実感できる環境

従来のダイバーシティというと、女性活躍推進や外国人雇用の促進といった側面に焦点が当たりがちでした。しかし、真のDE&Iとは、従業員一人ひとりの個性や能力を尊重し、組織文化や制度に反映していくことを意味します。

DE&Iを推進することで、多様な視点や発想が生まれ、イノベーションの創出や企業の成長に繋がると期待されています。また、従業員のエンゲージメントや帰属意識が高まり、離職率の低下や採用競争力強化にも繋がると考えられています。

(6)リスキリング・学び直しの推進

デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展や社会構造の変化にともない、企業は常に変化に対応できる組織づくりが求められています。

その中で、従業員一人ひとりが新しいスキルを身につける「リスキリング」や、これまで培ってきた経験や知識を深化させる「学び直し」が重要性を増しています。

人的資本経営においては、従業員のリスキリング・学び直しを積極的に支援することで、変化への対応力(レジリエンス)強化と、従業員の市場価値向上を図ることが可能です。

具体的には、以下のような取り組みが考えられます。

取り組み例 内容
社内研修制度の充実 最新技術やビジネススキル習得のための研修プログラムの提供、オンライン学習プラットフォームの導入など
自己啓発支援制度 書籍購入費や外部セミナー受講費用の補助、資格取得支援など
社内メンター制度の導入 経験豊富な社員がメンターとなり、若手社員や異動者に対して業務に必要な知識やスキルを指導
キャリア開発支援 キャリアカウンセリングの実施や自己分析ツールの提供などを通じた、従業員のキャリアプラン策定支援

これらの取り組みを通じて、従業員のモチベーション向上やエンゲージメント向上、人材の長期的な育成、企業の競争力強化といった効果が期待できます。

(7)社員エンゲージメントの把握・向上施策の推進

人的資本経営においては、社員エンゲージメントの把握と向上が非常に重要です。

社員エンゲージメントが高い状態とは、従業員が企業のビジョンや価値観に共感し、自発的に業務に取り組むことを意味します。このような状態は、企業の生産性向上やイノベーション創出、さらには離職率の低下など、様々な面でプラスの影響をもたらします。

社員エンゲージメントを把握するためには、定期的なアンケート調査やヒアリングなどが有効です。これらの結果を分析することで、従業員のエンゲージメントレベルや課題を把握し、適切な施策を講じることが可能となります。

社員エンゲージメント向上施策には、以下のようなものが考えられます。

分野 具体的な施策例
働きがい

・従業員が自律的に業務に取り組める環境づくり

・従業員の意見を積極的に吸い上げる制度設計

・従業員同士のコミュニケーションを活性化する取り組み

成長

・スキルアップやキャリアアップの機会提供

・社内異動やジョブローテーションの推奨

・研修制度の充実

報酬・評価

・従業員の貢献度に応じた報酬制度の設計

・評価制度の透明性・公平性の確保

・従業員の頑張りを適切に評価する仕組みづくり

企業文化

・企業理念やビジョンの明確化と共有

・従業員が働きやすいと思える企業風土の醸成

・「DE&I」を推進

これらの施策を効果的に組み合わせ、従業員のエンゲージメント向上を図り、人的資本経営を成功に導くことが重要です。

8. まとめ

人的資本経営は、短期的な視点ではなく、長期的な視点に立って企業価値向上を図るための重要な経営戦略です。

今後、日本企業においても、持続的な成長を実現する上で、人的資本経営の重要性はますます高まっていくでしょう。

社会環境の変化の中で、企業には従業員一人ひとりの能力や創造性を最大限に引き出し、変化に柔軟に対応できる組織づくりが求められています。

記事監修

古今堂 靖

一般社団法人日本リスキリングキャリアコンサルタント協議会 理事長

大学中退後、ホスト、ブライダル司会者、青果市場、旅行添乗員、長距離トラック運転手、警備員、レコード会社勤務等を経て、財団法人関西カウンセリングセンター勤務、心理カウンセラー、キャリアコンサルタント養成の傍ら、特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会の立上げに参画して国家検定キャリアコンサルティング技能検定制度の創設に携わる。2024年3月に一般社団法人日本リスキリングキャリアコンサルタント協議会を立上げ、生成AI時代のリスキリングキャリアコンサルタントの養成を開始。