短期連載【Reskilling.KAGA①】リスキリングは覚悟

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最終更新日:2025.06.16

地元企業のDXや人材開発のためのリスキリングを積極的に推進する石川県・加賀市。
その加賀市の企業事例を取材する短期連載【Reskilling.KAGA】の初回は、加賀市のモノづくり企業である「石川樹脂工業」。
自身も外資系日用品メーカーから、地場産業を支える製造業への転職とリスキリング経験を持つ石川勤(イシカワ・ツトム)専務をお相手に、国内リスキリングの第一人者・後藤宗明(ゴトウ・ムネアキ)氏が、地域企業の現在と今後を読み解きます。

また、その他の回も下記リンクよりご覧いただけますので、併せてお読みください。

大自然の中にある工業団地                         石川樹脂工業 社屋

覚悟しつつ、意思決定にはセーフティネット


※以下、敬称略

後藤
石川専務は、業務の傍ら加賀市の
戦略アドバイザーにも就任されたそうですね。
加賀市全体のリスキリングに関わってみての感想からうかがえますか?

石川
加賀市は中小企業が多い地域ですので、中小企業リスキリングとなると「経営者自身のリスキリング」=「経営者の覚悟」が一番大事で、取り組みの最初はそこだなと痛感しています。
一方で、経営者の覚悟さえあれば、従業員はちゃんと変わっていくというのは感じていて。なので、リスキリングで一番大事なのは、やはり「覚悟」で経営者自身が新しい考えを受け入れる、変化を受け入れる気持ちかなと。


後藤
リスキリングの一番本質の話ですね。私自身も、リスキリングのご支援に関わらせていただいて、その覚悟が一番大変だと思います。

覚悟というと、石川専務自身も前職を退社されて、地元の石川樹脂工業で働くという覚悟を決められましたよね。
覚悟ができた理由を教えてください。

▼編集MEMO📝
石川氏は、外資系日用品メーカーの「P&G」社で約10年務め、2016年より地元加賀市で食器や工業製品を扱う「石川樹脂工業」へ転職。


石川
自身は結構ネガティブな性格でして、失敗を覚悟した上で、その失敗を想像しながら意思決定をしている人間です。

「失敗してこの道を諦めても、その先一緒に働いてくれそうな人のポートフォリオも持っているし、1人でもない。
ならば、今は恐れず自分が思うことをやろう」という流れで決まっていきました。
失敗した時のセーフティネット(心の余裕)だけは確保するというのをいつも大事にしています。


後藤
頭の中で整理して意思決定しているということですね。他に、覚悟に関するご自身のセオリーはありますか?

石川
あとは、決定した先に自分が面白いとか、やりたいと思える未来があるか。または、その意思決定をしなかった時にどういう未来が待っているんだろう?と想像して。

例えば、P&Gを辞めて他の外資系に行く未来と、石川樹脂工業で親父と一緒に仕事をしてモノづくりをする未来のどっちが楽しそうかな、という中から本当に自分がやりたいことを純粋に選び出した感じです。

後藤
自分が楽しめることの追求だったと。それが2016年の大きな節目だったわけですね。

石川樹脂工業に入られた後、営業成績をダントツに上げて、社員の方から認めてもらえるところを数年間目指されたのだとか。これも覚悟が要ることですよね。

石川
実績がないと、若造が偉そうなことを言っても誰も聞かないだろうなというのは想像にも難くなかったので。
会社の現状把握もしっかりして、信頼を勝ち取ろうと。

そのためには売り上げを上げた方が良いということは、すぐ思いました。それらは入社する際の「覚悟」の内でしたね。


ロボット導入への挑戦、DXの実践



後藤
次に石川専務個人のお話から、会社の変遷のお話に移りたいと思います。

石川樹脂工業さんの成長ストーリーの中には社内コミュニケーションツールのSlack導入を始めとし、デジタル化の種まきを色々されたというお話もありますが、転換点をしいて挙げるならどこでしょうか?

石川
石川樹脂工業に入社した際、自分が信じていることをやり抜こうというのがあって、その中の1つにどうしても外国からの研修生制度を信じきることができなくて。

労働力のために短期で人を雇うということが、モノづくりをしていく上でも正しくないなと。
それをどうにかして止めなければという思いから打った手が「業務用ロボットの導入」だったんです。

しかし、最初の1台目は上手くいきませんでした。

後藤
デジタル化やリスキリングは上手くいかなかった時、結果が伴うまで我慢できない方が多い印象ですが、諦めないで高額なロボット導入を継続したのはどうしてですか?


石川
最初にロボットを入れようと思ったのは、
ファナックさんの工場を見学した時に、ロボットがロボットを作っているというか、完全自動化で人間一人居なくて、人が働かないので照明も薄暗くていい、といったことに衝撃を受けました。
その時の“ロボットを信じよう”という信仰心みたいなものが芽生えたという体験がまず1点。


もう1点は、そのロボットも最初は苦労して失敗したのですが、学んで扱っていたウチのスタッフ2名の横に僕はずっと居たので、なんで上手くいかないのか、どうしたら上手くいく?という“ロボットとはなんぞや”みたいなものが、ちゃんと要素分解ができたこと。
だから、続けられたし2台目以降はとても簡単でした。

後藤
なるほど。ちなみに、製造ブースの自動化やロボット導入のプロセスは、モノづくりをされている企業にとってオススメできると感じますか?

石川
できると思います。ただし、システムを作ってくれる外部の
SI屋さん丸投げしないことです。
課題解決の仕方、モノづくりの工程や悩みについて理解していただくことは未だに難しいと感じます。


後藤
ベンダーコントロールやベンダーマネージメントという言葉もありますが、技術を使う側のリテラシーが大事だと?


石川
とても大事だと思います。


後藤
今、会社にロボットは何台あるのですか?また、どのくらいの業務プロセスが自動化されたのでしょうか?


石川
20台あります、自動化は全体の50%以上といったところでしょうか。


後藤
素晴らしい成果ですね。



BtoCへと舵を切り、起死回生


対談も深まり、後半戦。
話題は、石川県内でCMを放映中と噂の自社ブランド「ARAS(エイラス)」の話へ。

食器雑貨ブランド「ARAS」



後藤
成果と言えば、石川樹脂工業さんが2020年に「ARAS」を立ち上げられた覚悟についてもおうかがいしたいです。

従来のBtoB(対企業)のビジネスモデルから、異なるBtoC(対個人)ビジネスを展開されました。
しかも、従業員の方の中にBtoCビジネスの経験者はいらっしゃらなかったとか?この覚悟と意思決定は、なぜされたのでしょうか?


石川
樹脂の可能性を表現すること・追求することができていないのが課題でした。

OEMだと、どうしてもスピードが遅く、僕が正しいと思って提案しても、クライアントに受け入れられないことも多くありました。
そういう背景から、自分たちの価値を表現する・世の中に伝えるという意味で、自社製品の開発をやりたいと感じていたので、違和感なく意思決定はスムーズにできたと思います。

ただ、ARASというブランド自体を、コンセプト、形、デザインなど含めて本当に新しいブランドなのか2年ほど議論をしていたので、その間デザイナーさんにお給料を払い続けるという覚悟も必要でした。
また、世の中にいざ出すという時は、社内ですごく揉めましたし悩みました。
最後は、ARASデザイナーのsecca(セッカ)さんが「やれる!」という顔をしたことが一番大きくて。
結局物の良し悪しって、僕には究極的には判断できないところがあるので、そこはもう信じるしかないという感じでした。

後藤
相当大変な意思決定のお話だなと、うかがっていて思いました。
従来の自社のリソースに無いところに飛び込むことって、なかなかできないですよね。
デザイナーの方の自信は1つの応援要素ではありますが、そこに資金と人材を投じるというのはある意味このプロセスが、全員にとってのリスキリングだと思うのですが。


石川
小さく始めるつもりだったので、そのリソースへそこまで振り切る覚悟を最初はしていなかったと思います。
やはりスモールスタートでそこそこ成功したら良いかなぐらいの気持ちで。
あとは、失敗したとしても他のOEMのビジネスもあるからこれで潰れるわけでもない、というセーフティネットも張りつつ。
そこまで大きな意思決定ではなかったと思います。

ただ、コロナが一つの転機になりました。
外食産業の仕入れがなくなったことや、既存のOEMの営業活動もしづらくなるなど経済の停滞で案件が全部ストップするということが一気に起きました。
そこで振り切って、もうARASしかないという状況に追い込まれたことが、結果ARASにとってありがたい状況だったのだと思います。
他に、もしもリソースが分散されていたら大きくなれなかったかも知れませんが、そのタイミングで思い切りました。
デザイナーさんも同じで、他の案件が全部ストップして、我々にかけてくれる時間が当然多くなったので、一気に勝負かけようみたいな感じにならざるを得なかったです。
僕の意思決定じゃなく、外部環境に適応したという気がします。

後藤
外部環境への適応力を意味する「アダプタビリティ」はリスキリングの中でとても重要だと思います。
また、今後他の分野の競合による参入や、コロナのような外部環境の変化が起きる時に、おそらく多くの経営者の方がこのプロセスと意思決定をしなくてはいけなくなりそうですね。


石川
そう思います。

後藤

そして今や、このARASなどBtoCの事業が占める割合は全体の半分を超えたとか。

石川
7割程度あります。

後藤
立ち上げから5年ですよね。すごいな、これぞサクセスストーリーですね。

 

経営者は覚悟のスイッチを



後藤
結びに近づいてきたのですが
企業のリスキリングを総合支援していく上では、今どんなことが求められますか?

石川
結局最初の話に戻りますが、経営層が覚悟を決めてリスキリングや企業改革にコミットしないと何もできないし、何も進まないということですね。
人によってスイッチが違うと思うのですが、すごい人に出会ったらスイッチが入る人、足元に火が付いている状態だと入る人、隣の人がやっているとやる人、色々なスイッチがあると思いますがこのスイッチを頑張って探して押し続けるしかない。

「覚悟スイッチ」をどこまで押せるか、だと思いますね。

後藤
本当そうですね。
大企業と中小企業で違うと言う方もいらっしゃるかと思いますが、私は違わないと思っていて。
大企業でも変化し続けている会社は、経営者自らちゃんと変化にコミットしているなという印象があります。

もう一つ質問なのですが、石川専務が自身や企業に向けてリスキリングして良かったと思うことは何でしょうか?

石川
従業員のみんなが前向きになったというのは周りでも一番よく聞きますね。
みんなが同じ方向を向いて会社を頑張って行こうという雰囲気が生まれたのは一番良かったです。
また、その企業のやっていることが、スタッフだけじゃなくARASのファンの方、ロボット導入のファナックさんのようなパートナー企業、今日の対談のように取材いただいたりと、周りの方も応援してくださるというのは一番嬉しいことですね。

後藤
従業員の方が前向きになった過程をもう少し詳しくうかがえますか?

石川
100人中10人、1割ぐらいは、なんでも前向きで変化をしたいという人が居て。

最初その1割の方と一緒に色々やる。もうロボットがまさにそうですし、Slack導入もそうです。
そこから小さいプロジェクトで成功体験をまず積ませる。
大きいことをいきなりやってもなかなかできなくて、例えばロボットでも、いきなり10台の構想というわけではなくとりあえず1台やるといった成功体験をちゃんと積ませることが大事だなと。
で、成功した暁にはちゃんと報酬や何か目に見える形で還元すると、次に6割ぐらいの方は羨ましいとなります。

そのように半分以上やれば大体完了で、伝播していきます。
その半分行くまでをどう設計するかというところが大事かなと思います。


まとめ


後藤
最後に、今後のお話をおうかがいしてもいいですか?

石川
僕は新しいものとテクノロジーが好きで、マーケティングの知識と経験もありつつさらに仲間には良いクリエイターたちが居て…。

モノづくりの会社なので、それらの掛け算でどんな新しいものができるんだろうということにとても興味があって、それをどこまで社会に残せるか非常に興味があります。
あとは、せっかく成長したARASがどこまで日本を代表する食器ブランドになれるか、勝負していきたいなという感じです。

後藤
良いですね、是非海外にもチャレンジしていただきたいです。読者の方々へも、リスキリングに関するメッセージをお願いします。

石川
リスキリングやDXと言うと難しいように聞こえるのですが、やはり小さいスタートが大事だなと思っていて。
まずは社内メールを廃止して無料プランでもいいので、全社的にSlackかチャットツールを入れましょう。

まず、そこを信じていただいて導入することから始めると、色々変わっていきます。

後藤
そのためにはエコシステムとして、顧客、仕入れ先に対しても働きかけるなど全て変わらないとできないので大変ですね。

石川
はい。経営者もコミットしないとできないので大変ですがそれをやりきれないのならば、やはり「覚悟」が足りないのだと思います。

後藤
素晴らしい!覚悟の話で始まり、覚悟の話で終わる。

石川
覚悟しましょう!(笑)

企業のリスキリングに関するアワードを受賞した際のトロフィーを持つ石川専務(右)と後藤氏(左)




(文/編集・崔明秀、監修・後藤宗明)


■本文関連リンク
石川樹脂工業株式会社 公式サイト
ARAS(エイラス)公式ストア
一般社団法人 ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 公式サイト
「加賀市リスキリング宣言を行いました


【Reskilling.KAGA】各連載リンク
※今回の続きはコチラVol.2前編:ヤマニ
Vol.2後編:経営者対談
Vol.3:ホテル ききょう
Vol.4:竹内製菓