短期連載【Reskilling.KAGA②前編】隣人との掛け算
最終更新日:2025.06.16

地元企業のDXや人材開発のためのリスキリングを積極的に推進する石川県・加賀市。
その加賀市の企業事例を取材する短期連載【Reskilling.KAGA】の2回目は、中小企業の異業種交流の場にお邪魔しました。
▶記事概要 |


樹脂を使った食器を手掛ける石川樹脂工業 メッシュクロス製品の製造・販売を行うヤマニ
※その他の回も下記リンクよりご覧いただけますので、併せてお読みください。
![]() ⇒Vol.1:石川樹脂工業 | ![]() ⇒下記より本文掲載 | ![]() ⇒Vol.2後編:経営者対談 |
![]() ⇒Vol.3:ホテル ききょう | ![]() ⇒Vol.4:竹内製菓 |
売り上げ20億、第一歩は町工場からのリスタート
※以下、敬称略
後藤
今日は、成長を遂げ躍進中の石川樹脂工業・石川勤(イシカワ・ツトム)専務にお越しいただきました。会社の事例などお話を聞いていただきながら、ヤマニ従業員の皆さんの今後の活動にお役に立てていただけたら幸いです。また、そんな中で企業間のコラボなど生まれたら嬉しいなと勝手に思っています。(笑)
石川専務、お願いします。


後藤宗明氏(一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事) 石川樹脂工業専務・石川勤氏
石川
よろしくお願いします。
まずは自己紹介ですが、石川県の加賀市に生まれ東京大学を卒業した後に、P&Gという会社に入り経営管理、経営企画の領域に携わりました。2016年からは加賀に戻って、今の職に就いています。
次に弊社・石川樹脂工業についてですが、元々は仏具、工業部品、食器類などで ARAS(エイラス)」という自社の食器ブランドが中心になっていて、売り上げは全体の7割ほどを占めます。 を主にやっていたのですが、今は「
リスキリングの話に関連したところでは、ロボットを導入して労働生産性が倍になりまして、いくつかビジネスアワードを受賞させていただきました。
ARASについて、もう少し紹介させていただきますと「1000回落としても割れない食器」というキャッチコピーで販売していて売上高はコロナ禍の初年度1億円程度だったのが、今年20億円前後を推移しています。
石川県内では今年4月にCMを流したのですが、マーケティングのメインはテレビCMということではなくインスタグラムなどのデジタルマーケティングを強みとしてやっていまして、食器という狭いカテゴリーの中では日本一のフォロワー数を誇っています。
今日は、こういう新機軸をどうやって立ち上げたのか?という話が主題ですが、その前に状況の整理をさせていただきます。

ARASのInstagramフォロワー数は25年5月現在で28万人以上
石川
僕が戻ってきた当初、9年前の2016年に時間を遡ると、石川樹脂工業は、いわゆる「町工場」だったと思います。
下請けであったり、賃金も安かったり、労働力も外国の実習生頼りであったり、デジタルにも強くない、といったことが実情だったと思います。
さらには、加賀市が「 」に挙げられるようにもなって生産人口が20年後、半分になるかもしれないと。
そんな中どうすればいいかが、大きな課題感としてありました。

熱心に耳を傾けるヤマニ従業員の皆さん
中小企業の良し悪しを分析し、アクション開始
石川
次に、P&Gという世界180カ国で展開するグローバル企業に居た経験から、地元中小企業で働いた経験をスケールさせて、幾つかお話しできればなと思います。
大手企業 | 中小企業 (特に地方。石川樹脂工業のケース) | |
意思 決定 | ・意思決定者が多く、プロセスが複雑で業務スピードが遅くなりがち。 | ・トップダウンで迅速な意思決定が可能。 ・一方で感情や「ノリ」など属人的な要素で決定されるリスクも。 |
人材 | ・組織規模が大きく「窓際族」のような、実務に関与しない人材が存在し得る。 | ・従業員数が少なく互いの状況が見えやすいため「何もしない人」は存在しにくい。 ・一方で若手人材が不足していたり部門間の異動が難しく、組織が硬直化しやすい傾向がある。 |
経営 基盤 | ・株主への報告義務など、外部からの要求や制約が多い。 | ・株主への報告義務がないため経営の自由度が高い。 ・一般的に資本力が低く、大規模な投資や資金調達が難しい場合がある。 |
※上記は石川氏の比較談をまとめた表。
石川
他に「財務/会計」に関しては、中小企業(石川樹脂工業の場合)は…
・監査法人の監査が入らないことが多く、会計処理が不透明になりがち。
・子会社が多く取引が複雑化したり「どんぶり勘定」で正確な損益管理ができていないケースがある。
(例:赤字製品を把握できていない)
・一方で、詳細な分析を待たず、迅速な判断ができる側面もある。
といったところです。
なので、地元に戻ってきた2016年は売上高15億円で毎年赤字体質で、負債もかなり多いというのが弊社の状況だったと思います。
そこで当時の僕は、これがなぜ赤字だったのか?といった状況を分析しプランを立てました。
▼石川専務の立て直しプランまとめー
1. 市場環境の認識:
- 樹脂産業は原料メーカー(売り手)と顧客(買い手)の力が強い上、ベトナムや中国はじめ新規参入も容易な「レッドオーシャン」。
- この厳しい市場で生き残る戦略を3つ立てた。
①ニッチトップで技術特化のOEM、②生産コスト優位、③新規事業(自社ブランド育成)
2. 立て直しのステップ:
- ③の自社ブランド立ち上げからではなく、①のOEM強化から順に取り組んだ。
- 当初 “東大出の外資系出身者”に対する社内の信頼がなく、すぐ戦略実行できず。
- よって最初の2~3年で注力した点:
∟財務整理: 不採算事業(赤字事業)特定と撤退・値上げ交渉や仕様変更・子会社間取引の整備など、出血を止めることを最優先。
∟信頼獲得: 挨拶回りなどの基本的なコミュニケーションに加え、新規顧客開拓やOEMプロジェクトで自ら実績を出すことで、社内外との信頼を構築。
∟社内文化醸成: 社内にコミュニケーションツール(Slack)導入、縦割り組織の解消、新卒採用による活性化など組織基盤を整備。
3. 基盤整備後の展開:
上記の財務改善、信頼獲得、文化醸成という下地を作った上、リスキリングによるロボット導入での生産性向上と補助金活用による設備投資なども行った後に、いざ本題の③新規事業立ち上げへと進んだ。
石川
このあとお話するARAS新規事業の話だけ切り取ると、サクセスストーリーというか良い面だけ見えるのですが、実は最初は泥臭くやりました。
あとは、僕が経営で大事にしていることが「大企業と比べて中小企業の良い面は何なのか」という問いです。
新しい事業というのは基本的に大企業も参入するかもしれない、自分より大きい企業・大企業ができないことをやらないと、新規事業は育ちきらないと考え、最初からそういう点も加味して設計しています。
大企業にはない良い面として「柔軟かつ迅速な意思決定」も大事なのですが、もう1つもっと大事にしなくてはいけないのが、「数値に基づいた意思決定」です。
ノリや自分本位ではなくて論理的にデータに基づいた意思決定、かつ早く柔軟に変えられるかということが、地方中小企業に求められていますし、大企業との勝負を分けるところなのかなと思います。
新規事業「ARAS」の成功秘訣①【信頼の二人三脚】
石川
ここからが本題となる弊社売り上げ7割の主力事業「ARAS(エイラス)」がなぜ上手くいったかというお話です。
デザインを担当した)さん (セッカに以前「このプロジェクトはどうして上手くいったと思いますか?」と聞く機会があったのですが「作る人と売る人が一体だったから」とズバッと答えられました。
端的にはARASは、デジタル技術(3Dスキャン、3Dプリンティング)と、伝統的な手仕事の融合によって生まれた新素材の食器、という特徴が良かったと思います。

その上で、もう少し要素分解してseccaさんと石川樹脂工業との取り組みとはどういうものだったかと言うと基本的には哲学的な問いしか話しませんでした。
会社としてどういうブランドになりたいか、商品ごとのターゲットは誰か、企画などはしっかり議論するのですが、デザインや器の良し悪しは基本的に全部お任せにしましたし、一度も注文をつけたことがありません。
より重要なのは、クリエイターや技術者、営業担当・マーケター・財務担当といった異なる専門性を持つメンバーが、一緒に考えながら同じ方向を向きながら製品の企画開発から市場投入まで「二人三脚」で行うのが大事ということです。

作り手の領域一つ取って見ても、ARASの食器は一品一様で全部表情が違うので、どれが美しいのか、どれがARASらしい器なのかを外部クリエイターと弊社の現場リーダーとが丁寧に丁寧に確認する。
クリエイターと工場という二項対立ではなくて、一緒にやれるかみたいな点が勝負どころです。
さらっと言いましたが、実際には売り出すフェーズまでに2年程要しています。
ここが1番しんどかったし、本当に良いのかみたいなことを延々と話していて、デザイナーさんにも毎月お金をお支払いして、毎月赤字を計上して。
しかし、本業(OEM)がある程度立て直っていて、その範囲内の赤字であれば会社は潰れないという算段があったので、判断できました。
あとは、良いデザイナーさんと出会うということも大事でしたね。
この投資を続けられたというのは、自分が誇るべき意思決定だったと思います。
新規事業「ARAS」の成功秘訣②【デジタル広告への投資】
石川
今の時代、新規事業を行う際に皆さんに覚えていただきたいこととして「デジタル広告」をやらなければいけないと思っています。
なぜならばテレビが全盛期の時代は、広告する手段がテレビしかありませんでした。
で、広告とは何か?というと、新しいモノを知ってもらう機会と捉えるのが良くて、その機会は今テレビよりもSNSの影響量が高いというデータも十分に出ています。
SNSの良さは、1万円、なんなら100円からでも広告を出せる点ですよね。
なので、誰もが小さいビジネスでも小額から宣伝機会があるというのは、昔と全然違います。
なおかつ、一気に日本全国や世界に伝えることができるので、特に新規事業をやりたい場合は、デジタル広告を最初から視野に入れておかないとなかなか難しいと思っています。
ARASの場合も、卸売業者を通さずで直接ユーザーに届けることで出た差分利益を広告としてデジタル投資に回しました。
そうやって、今まで商品を知らなかった人に知ってもらう機会をどこまで拡げられるかということを念頭に最初から設計しました。
※石川樹脂工業のSNS(Instagram)フォロワー数は25年5月現在28万人以上。
Q&A
講義終了後、ヤマニ従業員の皆さん(Q)と石川専務(A)の質疑応答が行われました。
Q.立て直しを図る際、会社の課題点を社内外の関係者に開示しましたか?
A.以前も今も、どんどんしています。
どこまでのレベルかは置いておいて、特に社員には悩みを打ち明けてどうしたらいいんだろうねって話すと、皆さん助けてくれるし、自分も悩みを言うとスッキリするし。なので、どんどん開示した方が重荷が取れて楽で良い意思決定ができるな、となったのが最近です。
自分で1人で抱え込んで、経営どうするといった時期もあったのですが、みんなで解決しようよ、解決できなかったら僕のせいじゃなく、みんなのせいだからよろしく、みたいな感じで、力を借りてやっています。(笑)
Q.財務諸表などの込み入った話までされるんですか?
A.まだそこは出来ていないです。
自身はファイナンス専門だったので、その話をするにはまず相手にもファイナンストレーニングをしないといけないということもあって、 との読み方などから始める社内勉強会を、月一程度実施しています。
Q.「SNS数十万人」など、いつまでにどの程度という目標設定をされたんですか?
A.SNSは目的でなく手段なので数は重要じゃないと思っています。
我々は上場企業ではないので、 の設定よりワガママにもっとやりたいことがやれているかといった楽しむことが大事だと考えます。
売り上げ目標は明確に5年で100億行こうというような設定はしますが、その中のパラメーターは変わっても良いんじゃないか、という「度量」が大事かなと。
今回の講義を終えて…
経営改革の過程で、中小企業が抱える課題やボトルネックの特定といった分析眼、そして大企業での経営企画に携わってこられた石川専務ならではの止血術について、社長をはじめベテラン・若手限らずヤマニ従業員の皆さんが熱心に聞く様子が印象的でした。

製造業における職人のこだわりを尊重すると共に、事業の主体である発注者には内外とのコミュニケーションと確かなデータ・ファクトに基づく意思決定が極めて重要と定義された点。
また、新規事業においては事業規模大小に関わらずデジタルマーケティング戦略が必要不可欠である点を強調されたことで、加賀市から日本全国や世界へ発信が可能という未来を示唆しました。何よりも、自社の成功・失敗体験やナレッジを惜しみなく共有される石川専務の「地域企業を一緒に盛り立てていきたい」という想いが、ひしひしと伝わった密度の高い時間でした。

次回【Reskilling.KAGA】連載3回目のお相手は、引き続き石川樹脂工業・石川専務とヤマニ・清水屋社長。
地方製造業の未来や協業の可能性などをテーマとした対談の様子をお届けします。
(文/編集・崔明秀、監修・後藤宗明)
■本文関連リンク
石川樹脂工業株式会社 公式サイト
ARAS(エイラス)公式ストア
株式会社ヤマニ 公式サイト
一般社団法人 ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 公式サイト
「加賀市リスキリング宣言を行いました」
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