越境学習とは?意味や効果、始め方をわかりやすく解説
最終更新日:2024.11.13
企業における人材育成において、近年注目を集めているのが「越境学習」です。
越境学習とは、普段の職場や業務の枠組みを超えて、社外など異なる環境に身を置き、新しい知識やスキル、経験を身につけることを通して、自らを大きく成長させていく学習方法です。
この記事では、越境学習とは何か、その基本的な考え方や定義、そして従来の学習方法と比較したときのメリットなどについて解説していきます。
越境学習とは?
越境学習とは、普段勤務している会社や職場を離れ、全く異なる環境に身を置き、新たな視点などを得る学びのことです。「他社留学」「社外留学」と呼ばれることもあります。
従来の企業内教育とは異なり、社外で得た知識や経験を自社に持ち帰ることで、社員の成長や組織の活性化を促す効果が期待されています。
具体的な例としては、以下が挙げられます。
分野 |
例 |
企業 |
他企業への出向、新規事業の立ち上げ |
教育機関 |
ビジネススクールや社会人大学院への入学 |
活動 |
ボランティア活動、NPO活動への参加 |
その他 |
海外留学・派遣、ワーケーション |
近年では、働き方の多様化や終身雇用制度の崩壊といった社会の変化に伴い、社員一人ひとりが主体的にキャリアを形成していくことが求められています。
越境学習は、従来の枠にとらわれず、多様な経験を通して新たなスキルや知識を身につけることができるため、変化の激しい現代社会において、自身の市場価値を高める有効な手段と言えるでしょう。
なぜ今、越境学習が求められているのか
なぜ、今、越境学習が求められているのでしょうか?
その背景には、大きく分けて2つの要因が考えられます。
1つ目は、VUCA時代における人材育成の必要性が高まっていることです。
VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったもので、現代社会の予測困難な状況を表現しています。
このような先の見通しがつかない時代においては、変化に柔軟に対応できる能力や、複雑な問題を解決できる問題解決能力を持った人材が求められます。
越境学習は、異なる環境や価値観に触れることで、こうした能力を養う効果が期待できます。
2つ目は、従来型のキャリアパスの崩壊と、主体的なキャリア形成の必要性が高まっていることです。
終身雇用制度が崩壊し、転職が当たり前になった現代において、個人が自らのキャリアを主体的に考え、能力開発に取り組む必要性が高まっています。
越境学習は、自分の専門分野以外の知識やスキルを身につけることで、キャリアの幅を広げ、新たな可能性を見出す機会を提供します。
これらの背景から、企業は従来の人事制度や教育システムを見直し、従業員の自律的な成長と組織全体の活性化を促すために、越境学習を積極的に導入する動きを見せているのです。
越境学習を導入するメリット
越境学習は、企業と従業員の双方にメリットをもたらします。企業側のメリットとしては、大きく分けて下記3点が挙げられます。
- 効率的な情報取得
- 人材の流出防止
- 人材育成
上記に加え、従業員のエンゲージメントや帰属意識の向上、組織全体の活性化、新規事業創出やイノベーション促進などの効果も期待できます。
従業員側のメリットとしては、下記2点が挙げられます。
- スキルアップ
- 視野拡大
これらのメリットを享受することで、従業員はより高いパフォーマンスを発揮し、自己実現やキャリアアップへとつなげていくことが可能になります。
企業側のメリット
企業にとって、越境学習は人材育成、組織活性化、事業創出など、多くのメリットをもたらします。
まず、越境学習は、従業員のスキルアップや視野拡大、人脈形成を促進し、人材育成に大きく貢献します。
従来の社内研修とは異なり、実際のビジネス現場で経験を積むことができるため、より実践的なスキルを身につけられます。
また、異なる企業文化や価値観に触れることで、視野が広がり、柔軟な思考や問題解決能力を養うことができます。
メリット |
説明 |
人材育成 |
スキルアップ、視野拡大、人脈形成を促進 |
組織活性化 |
新しい視点やアイデア、社内コミュニケーションの活性化 |
事業創出 |
新規事業のアイデアや、既存事業の改善点の発見 |
次に、越境学習は、組織活性化にもつながります。外部の視点や知識を取り入れることで、社内の固定概念を打ち破り、イノベーションを促進することができます。
また、従業員同士が異なる経験や価値観を共有することで、社内コミュニケーションが活性化し、組織全体の連携強化やチームワーク向上につながります。
さらに、越境学習は、事業創出を促進する可能性も秘めています。従業員が社外の環境で新しい知識や技術、人脈を築くことで、新規事業のアイデアや、既存事業の改善点の発見につながる可能性があります。
このように、越境学習は、企業にとって多くのメリットをもたらす、重要な取り組みと言えるでしょう。
従業員側のメリット
越境学習は、企業だけでなく従業員にも多くのメリットをもたらします。越境学習によって得られる従業員側のメリットには、主に下記のようなものがあります。
メリット |
内容 |
スキルアップ |
新しい環境で業務を行う中で、今まで培ってきたスキルとは異なるスキルを身につけることができる |
視野拡大 |
異文化や異なる価値観に触れることで視野が広がり、柔軟な発想や問題解決能力を育むことができる |
キャリア開発 |
社外での経験や人脈を築くことで、自身のキャリアプランを見つめ直し、将来のキャリアアップにつなげることができる |
モチベーション向上 |
新しいことに挑戦することで、仕事へのモチベーション向上や自己成長を実感することができる |
これらのメリットは、従業員の成長意欲を高め、より高いパフォーマンスを発揮することにつながります。
例えば、新しい環境で今までとは異なる役割や仕事に挑戦することで、専門性を高めたり、新たなスキルを習得することができます。また、異なる企業文化や価値観に触れることで、多様な視点や考え方を身につけることができます。
さらに、社外の人脈形成は、将来のキャリアチェンジや独立など、さまざまな可能性を広げてくれます。
越境学習は、従業員が自身のキャリアを主体的に考え、成長を促進するための貴重な機会を提供すると言えるでしょう。
越境学習の代表的な手法
越境学習にはさまざまな手法がありますが、ここでは代表的なものを6つ紹介します。
社内での部署異動・グループ異動
越境学習を比較的、低コストかつ低リスクで実施しやすい手法として、社内での部署異動やグループ異動があります。自社の人材を活用するため、費用を抑えながら人材育成を進めることが期待できます。
ここでは、社内での部署異動・グループ異動を実施する際の具体的なステップを解説していきます。
異動先部署・グループの選定
異動先部署・グループを選定する際には、従業員のキャリア目標やスキルアップ目標、さらに、企業側の育成方針などを考慮することが大切です。
例えば、営業部門の従業員であれば、マーケティング部門や商品企画部門などに異動することで顧客ニーズや市場トレンドに関する知識を深め、顧客視点に立った提案ができるようになるなど、より実践的なスキルを身につけることが期待できます。
異動期間の設定
異動期間は、企業の規模や事業内容、従業員の経験やスキル、育成目標などによって柔軟に設定する必要があります。短期的な異動の場合には、数週間から数ヶ月程度の期間を設定し、特定のプロジェクトや業務に集中して取り組んでもらう方法があります。
一方、長期的な異動の場合には、1年から数年程度の期間を設定し、異動先部署・グループの業務全般を経験することで、より深く専門的な知識やスキルを習得することが可能になります。
異動後のフォローアップ体制の整備
異動後の従業員がスムーズに新しい環境に適応し、最大限の成果を上げられるように、定期的な面談や研修などを実施し、しっかりとフォローアップすることが大切です。
他企業への出向
企業が従業員に他企業での就業機会を提供する「他企業への出向」は、従業員の越境学習を促進する効果的な手法の一つとして注目されています。
他企業への出向では、従業員はこれまでとは異なる企業文化、業務プロセス、組織構造の中で働くことを通じて、新しい知識やスキルを習得し、多様な価値観や考え方への理解を深めることができます。
また、今までとは異なる立場や役割を経験することで、自身の強みや弱みを客観的に見つめ直し、キャリアプランを見直す機会にもなります。
企業側にとっても、他企業への出向は、従業員の育成だけでなく、他社の優れたノウハウや技術を社内に取り入れるオープンイノベーションを促進する効果も期待できます。
メリット |
企業側 | 従業員側 |
人材育成 | ・即戦力となる人材の育成 ・新規事業開発に必要な人材の育成 |
・実践的なスキル・知識の習得 |
組織活性化 |
・社内にはない新しい知識やノウハウの獲得 ・組織の活性化 |
・多様な価値観や考え方への理解 ・人脈形成 |
事業創出・オープンイノベーション | ・他社との連携強化 ・新規事業創出の可能性 |
・新しいビジネスモデルやアイデアに触れる機会 |
社会人大学院への再入学
社会人経験を積んだ後、再び大学院で学ぶことを選択する人もいます。大学院では、高度な専門知識や研究スキルを身につけることができます。
MBA(経営学修士)など、ビジネスに特化したコースを選択すれば、経営戦略、マーケティング、財務分析など、企業経営に必要な知識を体系的に学ぶことができます。
社会人大学院への再入学は、専門性を高め、キャリアアップを目指す方に最適な選択肢と言えるでしょう。
副業
副業とは、本業以外の時間を活用し、本業とは異なる仕事に取り組むことを指します。
例えば、以下のような働き方が副業として挙げられます。
副業の内容 |
説明 | メリット |
プログラミングスキルを生かしてホームページ制作に取り組む | 企業のWebサイト制作や、個人ブログのデザインなどを請け負う |
専門スキルを活かせる、収入を得られる |
農作業の手伝いをする |
農繁期の人手不足を補うため、農家を手伝う |
自然と触れ合える、地域貢献ができる |
副業には、以下のようなメリットがあります。
- 本業での専門分野以外のスキルや知識を身につけられる
- 新しい人的ネットワークの形成
- 本業以外の収入を得られる
副業は、スキルアップやキャリアアップ、収入増加などを目指す人にとって、魅力的な選択肢となりえます。
近年では、政府も副業を推進しており、企業側も副業を容認する動きが広まっています。
海外留学・派遣
海外留学や派遣も、越境学習の有効な手法の一つです。従来型の語学留学や海外インターンシップに加えて、近年では海外の異業種企業で一定期間就業体験ができるプログラムを提供する企業も増えてきています。
業務を通して実践的な語学力や異文化理解力を身につけることができ、グローバルな視野を養うことができる点がメリットとして挙げられます。
企業側としても、社員のグローバル人材育成や社内活性化を図るという観点で、海外留学・派遣制度を導入するケースが増えてきています。
メリット |
具体的な内容 |
実践的な語学力・異文化理解力が身につく |
座学ではなく、実際のビジネスシーンで外国人とコミュニケーションを取る中で、実践的な語学力・異文化理解力が身につく |
グローバルな視野が身につく |
多様な文化や価値観に触れることで、グローバルな視野を養うことができる |
人脈形成 |
海外企業の社員や顧客とつながりを持つことで、グローバルな人脈を形成することができる |
従来型の海外留学やインターンシップと比較して、業務経験を通して実践的なスキルを身につけることができるという点で、より効果の高い越境学習と言えるでしょう。
NPO活動への参加
企業の枠を超えて、社会貢献活動に携わることで、社会課題への理解を深め、問題解決能力やコミュニケーション能力を養うとともに、地域社会への貢献を通して、自身の価値観や使命感を再認識することができます。
企業のCSR活動の一環として、従業員がNPOやNGOで一定期間活動するプログラムを提供する企業も増えています。
【NPO活動への参加を通して得られる効果】
効果 |
内容 |
社会課題への理解を深める |
社会問題の現状や課題、解決に向けた取り組みを現場で体験することで、座学だけでは得られない深い理解を得ることができる |
問題解決能力を高める |
限られた資源や時間の中で、多様な立場の人々と協力しながら目標達成を目指す経験を通して、実践的な問題解決能力を身につけることができる |
コミュニケーション能力を高める |
異なる価値観やバックグラウンドを持つ人々と協働する中で、相手の立場に立って考え、伝える力を磨くことができる |
自己肯定感、達成感を得る |
社会貢献活動を通して、自身のスキルや経験が社会の役に立つことを実感することで、自己肯定感や達成感を高めることができる |
視野を広げ、新たな視点を得る |
普段の業務では関わることのない人々や課題に触れることで、視野を広げ、物事を多角的に捉える力を養うことができる |
ワーケーション
ワーケーションとは、「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語で、観光地やリゾート地などの場所で休暇を楽しみながら仕事を行う働き方のことです。
近頃は、休暇を取得するのではなく、働き方自体を変革する「ワーケーション」という働き方が注目されています。
ワーケーションは、企業の福利厚生の一環として導入されるケースや、社員が個人でワーケーションを体験するケースなど、さまざまな形で行われています。
ワーケーションは、従業員が普段の仕事環境から離れてリラックスして仕事に取り組むことができるため、業務効率の向上や創造性の促進などの効果が期待できます。
また、新しい文化や価値観に触れることで、視野を広げたり、創造性を刺激したりすることも期待できます。
【ワーケーションのメリットとデメリット】
項目 |
メリット | デメリット |
従業員 | ・業務効率の向上 ・創造性の促進 ・ストレス軽減 ・新しい発見や学び |
・仕事とプライベート時間の境界線が曖昧になる |
企業 |
・従業員のモチベーション向上 ・採用における企業の魅力向上 ・コスト削減 |
・業務管理が難しい場合がある |
越境学習を導入する際の注意点
越境学習は、適切に設計・運用されなければ、期待する効果を得られない可能性があります。企業が越境学習を導入する際には、以下の3つのポイントに注意する必要があります。
目的を明確化する
越境学習は、企業と従業員双方にとって多くのメリットがありますが、成功させるためには、まず「目的を明確にする」ことが重要になります。
企業側 | 従業員側 | |
目的 | – 新規事業開発 – 組織の活性化 – 社員の人材育成・能力開発 – 後継者育成 |
– キャリアアップ・キャリアチェンジ |
上記はあくまで一例ですが、このように企業側と従業員側では期待する効果が異なる場合もあります。もし、目的が曖昧なまま越境学習を実施してしまうと、「期待する成果が得られなかった」「貴重な時間を無駄にしてしまった」といった状況になりかねません。
このような事態を避けるためにも、越境学習を実施する前に、企業側と従業員側がしっかりとコミュニケーションを取り、共通認識を持つことが重要です。
参加者の自発性を尊重する
越境学習は、従業員一人ひとりの成長意欲を尊重し、自発的な参加を促すことが重要です。
なぜなら、業務命令のような形で強制的に参加させられると、越境学習に対してネガティブなイメージを持ってしまい、学習効果が期待できない可能性があるからです。
従業員の自発的な参加を促すためには、下記のような取り組みが有効となります。
取り組み内容 |
詳細 |
越境学習の意義やメリットを丁寧に説明する |
従業員が越境学習の目的や内容、期待される成果などを理解し、自身のキャリア目標との関連性を認識することで、参加意欲を高めることができます。 |
過去の参加者の体験談を共有する |
実際に越境学習を経験した従業員の生の声を共有することで、具体的なイメージを持ちやすくなり、不安の軽減やモチベーション向上につながります。 |
多様なプログラムを用意する |
従業員の興味関心やキャリアプランに合わせたプログラムを用意することで、主体的に選択する機会を提供し、学習意欲を高めることができます。 |
参加しやすい制度設計 |
費用面や期間、業務調整などの負担を軽減することで、参加へのハードルを下げることができる |
社内表彰制度 |
越境学習で得られた成果を積極的に評価し、社内で共有することで、従業員のモチベーション向上につながる |
これらの取り組みを通して、従業員が「自ら学びたい」と思える環境作りが大切です。
企業・従業員双方への負担を軽減する
越境学習は、企業と従業員双方にとって負担が大きくなってしまうと、継続的な実施が難しくなり、本来の目的を達成することができません。
企業と従業員双方の負担を軽減するためには、以下のような対策を検討する必要があります。
項目 |
具体的な内容 |
業務の棚卸と標準化 |
可視化しづらい業務も含めて、業務内容を洗い出し、標準化・マニュアル化することで、担当者以外でも対応できるようにする |
業務プロセス・システムの見直し |
業務フローを見直し、無駄な作業を減らすとともに、システムを導入することで、業務を効率化する |
外部人材・サービスの活用 |
専門性の高い業務や一時的に発生する業務を外部に委託することで、従業員の負担を軽減する |
柔軟な働き方の導入 |
テレワークやフレックスタイム制を導入することで、従業員が自分のペースで仕事を進められるようにする |
越境学習の期間・頻度の調整 |
従業員の業務状況に合わせて、越境学習の期間や頻度を調整する |
企業文化の醸成 |
越境学習に対して、企業全体で協力体制を築き、負担を分かち合うという意識を醸成する |
これらの対策を講じることで、企業は人材育成や組織活性化などの効果を期待でき、従業員は新しいスキルや知識を習得し、キャリアアップを目指せるなど、双方にとってメリットがある状態を保ちながら、越境学習を進めることができます。
まとめ
越境学習は、従業員が新しい知識やスキルを習得し、視野を広げ、キャリアを開発するための貴重な機会を提供します。
企業にとっても、イノベーションの促進、従業員のエンゲージメント向上、人材の確保・育成などのメリットがあります。
しかし、越境学習を成功させるためには、目的の明確化や参加者の自発性の尊重、企業と従業員双方への負担軽減など、いくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。
企業は、従業員の個性や強みを活かせるような越境学習プログラムを設計し、積極的に導入を検討していくとよいでしょう。
記事監修
古今堂 靖
一般社団法人日本リスキリングキャリアコンサルタント協議会 理事長
大学中退後、ホスト、ブライダル司会者、青果市場、旅行添乗員、長距離トラック運転手、警備員、レコード会社勤務等を経て、財団法人関西カウンセリングセンター勤務、心理カウンセラー、キャリアコンサルタント養成の傍ら、特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会の立上げに参画して国家検定キャリアコンサルティング技能検定制度の創設に携わる。2024年3月に一般社団法人日本リスキリングキャリアコンサルタント協議会を立上げ、生成AI時代のリスキリングキャリアコンサルタントの養成を開始。