リスキリングを導入する方法は?社内にスムーズに取り入れるコツを解説
最終更新日:2024.11.13
デジタル人材の育成が注目を集める昨今、政府が1兆円規模の支援を表明したことも後押しとなり、さまざまな企業がリスキリングの実施を始めています。しかし、従業員に対してどのようなスキルを学ばせればいいのか、リスキリングを進める上でどのような運営体制を構築すればいいのか、わからない企業も少なくありません。
この記事では、リスキリングを社内に導入するために必要なステップと、リスキリングを成功させるために必要なポイントを解説します。国内の導入事例、活用したい補助金についても紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
リスキリング導入における課題
リスキリングは、従業員のスキルアップによる企業競争力の強化や業務効率化、新たな事業の創出などさまざまなメリットがあります。一方で、リスキリングを導入するにあたり、企業は次に紹介する3つの課題を克服する必要があります。
- 実施コストが高い
- 従業員のストレスが増える
- 従業員のモチベーション維持に手厚いフォローが必要
実施コストが高い
リスキリングを実施するには、以下のようなコストがかかります。
- 教育プログラムにかかる費用(外部委託費・講師人件費 ・教育設備費など)
- 教育プログラムに参画・受講する従業員の人件費や受講時間確保にかかる費用
さらに、もし就業時間外に学習をさせる場合は、時間外手当を支給する必要があります。
中小企業の場合、このようなコストを自社で賄うのは難しい場合が多いでしょう。大企業でも、教育に膨大な予算を割くことは容易ではありません。リスキリングを進める上では、いかにして予算を確保するか、補助金などで初期費用を抑えるかが鍵を握ります。
従業員のストレスが増える
リスキリングは就業時間内に行うのが原則ですが、学習時間を確保するために日々の業務にしわ寄せが起き、学習する従業員がストレスを感じる可能性があります。
また、就業時間内に従業員が教育プログラムを受けられるようにするため、各従業員の業務バランスを調節しなければなりません。これにより、学習をしない従業員の不満が増加する可能性もあります。
従業員のモチベーション維持に手厚いフォローが必要
リスキリングでは、従業員の学習に対するモチベーションが成否を左右します。ただ、さまざまな要因で低下するため、その維持には手厚いフォローが必要となります。
例えば、
- 自分が思った学習内容ではなかった
- 新しく学んだことが今後の仕事やキャリアにどう影響するのかが見えない
- 学習しているときに周囲からの目が気になって続けづらくなった
などはよく見られる例です。
リスキリングで従業員に必要なスキルを身につけてもらうためには、これらを事前に把握し、一つひとつ解決策を講じることが求められます。
リスキリング導入方法4ステップ
企業がリスキリングを導入する際、一般的なステップとして以下の4つがあります。
- 求められる人材像・スキルの明確化
- 教育プログラムの策定
- 教育の実施
- 実務への活用
STEP1.求められる人材像・スキルの明確化
リスキリングを導入する際の最初のステップは、自社の中長期的な事業戦略を踏まえ、それに沿った人材像と必要なスキルを明確にすることです。具体的には、以下の3つの行動を実施していきましょう。
行動 | 内容 |
事業戦略の確認 | 業界・市場の変化を理解して、今後の戦略の方向性を理解する |
求められる人材像の定義 | 事業戦略の実現に向けて必要となる人材像を設定する(AIエンジニア、データサイエンティストなど) |
求められるスキルの特定 | 現在の人材と将来人材像のギャップを分析し、必要となるスキルを特定する |
求められる人物像としては、例えばAIエンジニアやデータサイエンティストなどが挙げられます。その上で、現在はフィールドセールスが主体の組織であり、データ分析力が不足しているなど、具体的に何が必要となるのか、スキルの差分を明確にすることがポイントです。
このスキルの差分の解像度をどこまで上げられるかによって、リスキリングの導入効果が変わります。
STEP2.教育プログラムの作成
先ほどの「事業戦略に基づいた人材像・必要スキルの特定」を踏まえて、求められるスキルを習得するために必要な教育プログラムを設計します。
従業員への教育方法は、「eラーニング」「集合型研修」「選抜型研修」などの種類が存在します。それぞれの特徴を踏まえて、最適な方法を選択してください。
教育方法 | メリット | デメリット |
eラーニング | ・費用が手頃 ・研修会場への移動が不要。 ・学習状況を管理しやすい ・教育の質が講師によって左右されない |
学習の成果が個人のモチベーションに左右されやすい |
集合型研修 | ・ワークショップなどを通じて学習するため、業務への活用といった実践力の強化に向いている ・参加者同士の交流など、副次的な効果が期待できる |
必要となる費用が、受講生の人数や研修場所によって大きく変動する |
選抜型研修 | ・優秀な人材を選抜して集中的に学習させるため、学習の成果が生まれやすい ・研修対象者を絞ることで、組織内での競争意識をより刺激できる |
コストが他の研修と比較して高くなりやすい |
また、教育プログラムの作成は社内のリソースだけでまかなおうとするのではなく、外部の研修サービスなどの活用も視野に入れて検討していきましょう。
STEP3.教育の実施
従業員に教育プログラムを受講させます。
リスキリングは、企業が求めるスキルを従業員に身につけてもらう施策であり、従業員には就業時間中に教育プログラムに取り組んでもらうのが原則です。
そのため、従業員自身が日頃の業務のなかで学習しやすいように、eラーニングであれば日頃使っている端末から学習教材にアクセスできるようにしておきましょう。研修の場合は、研修を受ける時間だけでなく、研修会場への行き来の時間、研修の効果を確認するためのテストを実施する時間なども加味した上で、事前に業務量を調整することが重要となります。
また、教育期間中は、対象者となる従業員がどの程度学習を進めているのか、教育プログラムを通して学んだスキルが定着しているかどうかの把握も欠かせません。昨今では、従業員の学習状況を一元的に管理できるLMS(Learning Management System)が多く開発されています。機能が充実するとそれに比例して初期費用や運用費用も増えるため、利用する際は学習の管理側のリソースを確認し、オーバースペックとならないように注意する必要があります。
STEP4.実務への活用
リスキリングによってせっかく身につけたスキルも、活用できる場所がなければ意味がありません。
例えばAIエンジニアとしてのスキルを身につけさせたのであれば、AIを駆使したシステムやツールを開発する事業部への配置換えを行う。データサイエンティストであれば、既存事業のデータを分析し、そこで得られた結果から戦略を方針に対して低減できるようなポジションを用意する、などが挙げられるでしょう。同様のスキルを身につけた人材を育成する講師をお願いするのも良いかもしれません。
リスキリングで学習する従業員は、今働いている企業に対して、自分のスキルで何らかの貢献をしたいと少なからず考えているはずです。従業員にこのスキルを身につけたらどんなことがしたいかヒアリングし、納得してもらえる実践機会を設けましょう。
リスキリング導入を成功させる方法
上記の課題を解決しつつ、リスキリングの導入を成功させるためには以下のポイントを意識しましょう。
- リスキリングしやすい職場環境の構築
- キャリアパスの整備
- 中長期的な取り組みの継続
リスキリングしやすい職場環境の構築
従業員が積極的にリスキリングに取り組めるようにするために、従業員を取り巻く職場環境の構築が必須です。そのためには、学習に対する心理的安全性を確保することが求められます。
例えば、学習する本人の作業量の再分配を行う、教育プログラムを受けない人(特に同じ部門のメンバーや直属の上司)にリスキリングの必要性を説明して理解を深めてもらう、などが重要となるでしょう。
他にも、データサイエンティストのスキルを学習している人にデータ分析の仕事を与えるなど、仕事をしながら学ぶのが自然な流れになるように、学習内容と業務内容を近づける方法も一つです。
キャリアパスの整備
キャリアパス(キャリアまでの道のり)の整備も、リスキリングの成功に関わる重要なポイントです。
従業員の学習に対するモチベーションの低下には、前述したようにさまざまな要因があり、完全な対策が難しい側面があります。
ただ策を講じなければ、多くのコストをかけて実施したものの求めるスキルが定着していない、スキルを学んだ人材が別の企業に転職してしまう、などのリスクが生じます。
そこで重要となるのが、キャリアパスの整備です。従業員自身が学びの目的を見出しやすくなるような工夫をすることで、モチベーションの維持・向上に一定の効果が見込めます。例えば、以下のような方法が挙げられるでしょう。
- リスキリングによって得られたスキルに対して、昇給・昇格の基準を定めた評価制度を整備する
- 資格手当などのインセンティブを用意する
- 学んだことを生かした業務改善・新規事業のアイディアを募集するコンテストを開催する
またこれ以外のモチベーション対策として、従業員に対して一律に学習をするように促すのではなく、新規事業やプロジェクトへの参画を募り、自ら手を挙げた人材を優先的に教育する、といった方法も効果的でしょう。
中長期的な取り組みの継続
リスキリングを成功に導くためには、中長期的に取り組む観点を忘れないようにしましょう。
リスキリングの対象となるスキルは多岐にわたりますが、いずれも一朝一夕で身につけられるものではありません。従業員一人ひとりのスキルレベルや経験値も、当然異なります。
そのため、例えば月次や四半期ごとに定期的に面談を行い、従業員自身のスキルやキャリアに対する考え方を把握する、学習状況の相互確認を行う、学習における不安や悩みを解消するアドバイスをするなど、個々の学習進捗に合わせたフォローが重要となるでしょう。
また、学習者本人に着目するだけでなく、リスキリングの施策全体を常に見直すことも大切です。
面談内容をもとに教育プログラムの利用率のチェック、学習を受け終わった人へのアンケート、学習後の人材が実際に成果を得られているのかのモニタリングなど、全体的な視点からのブラッシュアップを継続的に行う体制を作ると、リスキリングの効果がより生まれやすくなるでしょう。
【国内】リスキリングの取り組み事例
富士通
総合電機メーカーの富士通株式会社は、自社の人材育成方針「Career & Growth Well-being」において、リスキリング・アップスキリングの重要性について言及しています。2020年度の経営方針説明会では、社員13万人の「DX人材化」を掲げました。
そして、2021年には人材育成プログラム「Global Strategic Partner Academy」の開始を発表しています。本プログラムは、富士通のパートナー会社であるServiceNow社、SAP社、Microsoft社の3社の協力を通じて、最先端のデジタル技術やノウハウを持つ人材の増加を図るというものです。教育プログラムは世界中の従業員に、オンラインにて提供されています。
参照資料:
・Career & Growth Well-being|富士通株式会社
・グローバル規模のデジタル人材不足の解消に向けた人材育成プログラム「Global Strategic Partner Academy」を開始|富士通株式会社
日立製作所
電気機器メーカーの株式会社日立製作所は、2021年度中期経営計画で目指す姿として、「社会イノベーション事業のグローバルリーダーになる」と宣言。グローバルリーダー育成のプロジェクト「Global Leadership Development(GLD)」や、経営幹部を育成する選抜研修プログラムなどの実施を発表しました。
また、同社は従業員のデジタル対応力強化を目的に、データサイエンス、エンジニア、イノベーション人材を育成するための講座を2019年度中に約100コースを提供。各講座は日立製作所のグループ会社であり、人材育成の研修ソリューションを提供する株式会社日立アカデミーを介して実施されました。
参考資料:
・企業における人財育成について~日立グループの取り組み~|株式会社日立アカデミー
キヤノン
精密機器メーカーのキヤノン株式会社は、人材育成制度のなかにリスキリングを促すようなプログラムが組み込まれています。例えば、同社が実施する「キャリアマッチング制度」では、未経験の領域にチャレンジしたい従業員に対して、事前に研修を実施して希望する業務に配置します。2022年はこの制度を利用して、312人の従業員が異動しました。
また、2018年にはソフトウェア技術者の研修施設「CIST(Canon Institute of Software Technology)」を設立。技術者のスキルアップだけでなく、技術者への職種転換を目指す従業員の教育にも活用されています。
その他にも、全職種を対象としたITリテラシー向上研修、技術者の海外大学への留学支援などを実施しています。
参考資料:
アイネス
システムインテグレーターの株式会社アイネスは、リスキリングによるDX人材育成を積極的に実施しています。例えば、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が提供する資料を活用して、従業員のキャリアプランに応じたITスキル研修を用意。それらの研修を、従業員が自発的に選択・受講できる仕組みを整えています。
また人材育成計画は、リスキリングによる従業員のスキルアップと、DX企業を目指すという事業戦略のベクトルの足並みをそろえつつ策定・推進しています。
参考資料:
・【リスキリング企業事例①】株式会社アイネス様「顧客のDXを推進する新規ビジネスモデル実現へ リスキリングで人材育成」|学校法人 産業能率大学 総合研究所
LINEヤフー
「Yahoo!JAPAN」や「LINE」などを運営するインターネット企業、LINEヤフー株式会社は「人材開発企業になる」を人事全般のビジョンとして掲げています。その一環として、企業内大学「LINEヤフーアカデミア」では従業員を対象に、さまざまなプログラムを実施。2023年度には、AIに特化した学びの場を提供する「AIアカデミア」を展開し、AI人材育成に力を入れています。
参考資料:
リスキリングの導入方法・始め方に関するQ&A
Q1.リスキリングはなぜ今注目されている?
リスキリングが注目された背景として、日本においてDX(デジタルトランスフォーメーション)推進が重要視されたことが挙げられます。
DXの推進に伴い、多くの職種の業務内容が変化することが予測されています。それにより、一部の仕事が消失し、新たに生まれた仕事に対応できるスキルを持つ人材が不足することが危惧されています。リスキリングが注目されているのは、このようなDX推進に伴う失業や人材不足を解消する有効な方法と見られているからです。
国もまた、この状況に対してさまざまな対策を講じています。2020年に作成した、企業が将来的に成長し続けるための指針を示した報告書「伊藤レポート」では、従業員のリスキル・学び直しの重要性が言及されています。2022年10月には、岸田文雄首相がリスキリング支援に5年で1兆円を投じると宣言しています。
https://reskilling.com/wp/archives/article/1
Q2.リカレント教育と何が違う?
リスキリングと類似する言葉として「リカレント教育」が挙げられます。リカレント教育とは、社会に出た後も個人がそれぞれのタイミングで教育を受け、仕事→教育→仕事…というサイクルを繰り返すことです。ちなみに、リカレント(recurrent)には「繰り返す」「循環する」という意味があります。
リカレント教育とリスキリングは、いくつか異なる点があります。例えば、リスキリングは企業が従業員に対して学習を促すのに対して、リカレント教育は個人の判断で学習を行います。
学習内容も、リスキリングはテクノロジーやデータ分析など業務に関連したスキルなのに対して、リカレント教育は仕事と直結しない内容も含まれます。また、リスキリングは業務の一環として取り組みますが、リカレント教育は仕事から離れて学習します。
Q3.リスキリングにおすすめの資格は?
リスキリングの導入では、独自の教育プログラムで実施されるケースもありますが、資格を活用するケースもしばしば見られます。
リスキリング施策において、資格取得を目標のひとつにすると、従業員にDXなどに必要なスキルを効率よく定着させることが可能です。
おすすめの資格は次の通りです。
資格名 | 資格の内容 |
G検定 | AI・ディープラーニングに関する基本的な知識や、その知識を事業に活用できる能力を有しているかを判定する認定試験 |
生成AIパスポート | 生成AIを正しく理解しているかや、その活用能力を判定する資格 |
VBAエキスパート | VBAエキスパートは、Excel、Accessのマクロ・VBA(Visual Basic for Applications)のスキルを有する人に与えられる資格 |
中小企業診断士 | 中小企業の経営課題を発見し、適切な解決策を提案できると認められた人に与えられる国家資格 |
社会保険労務士 | 社会保険や労働に関する法律の専門家。社会保険手続きの代行から労働法令に関するアドバイス、従業員への手続き説明、就業規則作成などを行う |
これ以外にも、リスキリングに役立つ資格は多数存在します。
https://reskilling.com/wp/article/2/
Q4.リスキリングを支援する補助金はある?
政府は企業に対して、さまざまな補助金を通じてリスキリングの支援を行っています。代表的な補助金は次の通りです。
補助金 | 支援内容 |
人材開発支援助成金 | 厚生労働省が実施。事業主などが労働者に対して、業務に必要とされる専門的な知識やスキルを習得させるための職業訓練を実施する場合に利用できる制度。7つから目的に合ったコースを選択・申請する |
リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業 | 経済産業省が実施。リスキリングならびに労働者のキャリア形成を促進する観点から、以下の活動を支援する
・キャリア相談対応:自らのキャリアについて民間の専門家に相談 ・リスキリング提供:キャリア相談を参考に、リスキリング講座を受講 ・転職支援:キャリア相談・リスキリング提供を踏まえた職業紹介 |
この他に、各地方自治体もリスキリングに関する補助金・助成金を提供しています。
https://reskilling.com/wp/article/8/
まとめ
DX推進や生成AIの普及により、働き方や事業の方向性は大きな変化を迎えつつあります。リスキリングを進めることは、企業や個人の成長・生き残りに不可欠な取り組みです。今回紹介した方法を参考に、自社のリスキリング導入を成功させてください。